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メンタル
「どうしよっか、リュシアン」
腕にいるリュシアンに話しかけると、ブーブーと今にも親指を下に向けそうな声を上げた。
ん、やっぱり理解してるでしょ、君。
「そうだよね、うん。
君、悪いけど僕は行けないし、挨拶もする気は無いのでお断りします」
「あの、でも!」
蒼白になって半泣きで食い下がってくる侍女に、僕は気を使わなきゃいけないんだろうか? と逡巡して、やっぱり無いな、と思って断った。
「じゃぁ! どうすれば来て下さるんですか!!
私の命だけならいいです! でも家族の! 小さな弟の命までかかってるからこっちだって必死なんですよ!」
「その事情はエルモア様に関係ないであろう!
今の貴様の行動は不敬である、処分されても致し方ないのだぞ!」
その場に泣き崩れている侍女に対して、気の毒だとは思うけど、何故この仕事に就いてるのか分からなかった。
「帝国ってそんなに職が無かったかな?
準男爵令嬢の侍女ってお給料がそんなに良い?」
貴族の侍従侍女って平民の暮らしよりそんなに良いものだとは聞いた事が無かった。
休みも不定期で、かなり無茶な要望が有ったりと、結構ブラックな体制だから、うちでは侍従侍女は雇わない事にしたんだし。
僕の言葉に周りはきょとんとした表情になった。
「え? だってそんな悲劇の脇役みたいな話されても、さ。
なら仕事変えなよって思うじゃない? だからそんなにお給料か何か待遇が良いのかなって疑問に思っただけだよ」
焦って変な汗を掻きながら、変な事を言ってしまったと思った。
「侍女がいなくて困るのは令嬢だろ?」
騎士がポツリと呟いた。
貴族令嬢はよくある設定の、お一人での入浴とかお着換えとか、そんなのはしないとかナントカそんな設定があったはずだ。
「あ、そうですね。
考えたらお給料は普通でした。
まぁ確かにちょっと美味しいものが他の人より食べられるかなって程度で、街で働けば夜だって眠れるんですよね。
なんで気づかなかったんだろう」
放心状態でブツブツと繰り返す侍女に、ちょっと怖くなった。
「う、うん、そうだよ。
街では中小の商家が頑張ってるから、働き口はあると思うよ」
あの事件で、沢山の事が変わった。
「そうなんですね、知らなかったです。
お嬢様に振り回され過ぎて、おかしいって感覚がどっかに行ってました」
侍女はマインドコントロールが解けた人みたいに、何やら覚醒した様だった。
きっと重度の鬱だったのでは。
「ありがとうございました! そしてすみませんでした!
小さな弟が一人で暮らすより、一緒に暮らす方がずっと良いのに! 前の事件で街の事も随分変わったんだって聞いてたはずなのに、ほんと、バカでした。
このまま処刑されるなら、辞めて逃げます」
あ、処罰されるかもしれないって発想は無かった。
侍女の仕事が出来なかった、って事はその準男爵令嬢が何をするか分かったもんじゃなかった。
さっきのヒステリックな声とか、何かを割った音とかヤバイ感じがした。
「では、これで」
僕は魔法で鶴を折って飛ばすと、ドアの隙間からその令嬢へと送った。
中には僕に対しての不敬で解雇させてもらった事、そして挨拶する必要は無い、としたためておいた。
「君は僕が解雇したことにしたから、このまま出て行っても問題にはならないよ」
「ありがとうございます! 金色の魔法使い伯爵様! ありがとうございます」
そう言うと立ち上がって、深々とお辞儀をすると最後に笑いながら教えてくれた。
「関係があったのは単に準男爵の爵位を頂いたお礼状を旦那様が出しただけで、お嬢様は全く関係がありません。
旦那様の薬草に関する事で叙爵されましたので、その時に薬草関連でお越しになっていただけです」
地雷だったのか。
「そうなんだね。
ありがとう」
では、と凄い勢いで廊下を走り、庭園へと駆け出す後ろ姿を見て、笑ってしまった。
もし、お隣さんとかだったら仲良くなれてたかな、と。
姿が見えなくなる頃に、準男爵令嬢が使ってる部屋の扉が開け放たれた。
「私の侍女を解雇したうえに、挨拶にも来られないとは!
ご自分の立場をご理解されていないのですわね」
バーンって感じで出て来た女性は、漫画で言うところの悪役令嬢の登場みたいだった。
大分、頭が悪いけど。
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