12人が本棚に入れています
本棚に追加
/117ページ
―そして男は恐ろしい孤独に苛まれながら、朝日に迎えられた。
「…」
藍色の瞳はカラカラに乾いて何度も瞬きを繰り返した。白い息がたった一つ漂い、耳を劈くような今朝のアラームが鳴り響く。ノエルはそれをオフにしてやる気なく丸まった肩をグルグルと回した。
サニー・ブラウン率いるデモ隊が帝都ゲート前で抗議活動を行うのは終戦記念日の前日、つまり今日だ。色々と準備をしていたら問題が片付かぬうちにあっという間に当日になってしまった。
(……はぁ、なんだか気乗りしないな)
「おはよう」と庭先の掃除をする老人に声をかけられ、ノエルは会釈だけ返した。刺さるような視線はノエルがデモ隊に参加している人間だということが彼らにも知られたのだろう。
デモ隊のメンバーは午前七時、ノエルを『ヨリミチ』と言う家電量販店の前で迎えに来る。何故そこの前なのかという疑問は直ぐに大きな看板で理解出来た。
歩道に横付けされた高級車の窓からニョキっとぶら下がる手は煙草を挟んでいる。刺青と数珠だらけでそれが誰か顔を見なくとも分かった。タツマ・キサキ、ダルマだ。
「よぉ、遅かったなにいちゃん。」
見た限りその車にはダルマしか乗っていない。
「……迎えは貴方が?他の人は?」
「人数が多いもんで何台かに分けて出発すんだ。にいちゃんの送迎を頼まれてね。…聞いてなかったのか?」
「…いえ何も。」
「ほら、さっさと乗んな。間に合わなくなる」
急かされるまま助手席に乗り込んだ。車内は嫌なタバコの匂いが充満していて最悪だ。ノエルは座席に腰を下ろしベルトをきちんと装着すると、静かに車は発進する。
「バッジ付きって稼げるのか?」
ダルマはほんの少しの静寂さえ嫌うらしい、思いついた話題を口にした。彼のハンドル捌きは見かけによらず穏やかである。
「…誰にその事を?…ああ、課長か…」
「そうそう、その課長だ。で?どうなんだ?」
「生活していく分には困りませんよ。……古くからのお知り合いなんですか」
ダルマはフェルトマイアーの事をよく知っている。ノエルの興味のアンテナが立った事を彼は察知したようで、その白い歯をニヤリと唇から覗かせた。
「知り合い、…まあ都合のいい時だけな。あいつとは何せ反りが合わないんでね。何考えてるか分からねぇ…っと悪ぃなお前の上司の愚痴みてぇになっちまった」
「…いえ。」
「今回は利害が一致したってだけさ」
見慣れぬ景色がびゅんと横を通り過ぎていく。再び会話の途切れた空間を有効活用すべくノエルはデータベースを開いた。ハンナから大量のメッセージが送られてきている事に気がついて、一番最新のものを開く。最初の文字を読もうとした時、ダルマが再びノエルに話しかける。
「この間一緒にいたのは弟か?」
「…ええ。腹違いの義弟です」
「へえ、腹違いであんなに似るもんなんだな。二人とも親父に似たのかもな」
胸の奥がザワつき始め、上手くリアクションを返せない。あからさまに固まったノエルに彼は苦笑いしてすぐさま話題を変えた。
最初のコメントを投稿しよう!