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悲喜交々
霧がかったその町を走り抜ける少年は白い息を短く吐きながらその背中に叫んだ。
『にいちゃん!』
全力で追いかけてくる足音、だが決して振り向かず立ち止まらない。
空からはチラチラと白が舞う。人が踏み荒らして茶色く濁った道、少し大きな赤色の長靴を履いてキュッ、と音を鳴らしながら駆け寄るのだ。
『にいちゃん、僕と一緒に帰ろうよ!もうずっとお家に帰ってないよ。せっかくこの間のにいちゃんの誕生日、母さんと準備したのに…』
クリスマスついでのお祝いだと男は分かっていた。そして神とやらは何を思ったか、同じ月、二日後に義弟を作った。
『お前一人で帰れ』
『やだ!にいちゃんと帰る!今日は僕の誕生日なんだよ!』
嫌悪感とほんの少しの哀れみが混じった藍色の瞳。
涙で濡れた、純粋で兄を慕う藍色の瞳。
見た目こそ似た二人は、お互いに思うところがあっていつも噛み合わない。
『待ってよ!にいちゃん!』
涙をボロボロ流す小さな手を振り払い置いて行った。数歩、数メートルと彼は先を歩いた。足音は次第に遠く、泣き声も聞こえなくなる。
ザク、ザクと雪を踏みしめる音が心地よくて。だが同時にこのまま置き去りにしてしまえば自分が悪人のようで。
『―…はぁ、さっさと立て』
涙と鼻水を袖で拭いた。直ぐに溢れて拭いて、その繰り返しで顔中真っ赤。雪が頭に積もるのではないかという程その場でメソメソと泣きじゃくる義弟。
結局見捨てきれない情でイアンの元へ戻ってきた。差し出された長い指、それを掴んで家に帰る。
『…にいちゃんは僕の事嫌いなんでしょ?』
『……そんなことは無い』
『ほんとは僕を祝いたくないんだ』
『…違う。』
男は俯いて本当の言葉を飲み込む。その時、義弟は兄がどんな顔をしているのか覗き込む勇気がなかった。
光と影、太陽と月、彼ら兄弟をそんな単純な比較対象では表現出来ない。何せ生産元が真っ黒な闇なのだから。
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