episode9.危険なこころと安全なところ

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 振り返ると、拙作くんは、職員に抱きかかえられていた。ばたつく短い手足は、職員の顔や腹に容赦なく突き刺さる。  彼は職員の腕から抜け出して、必死にこちらへ駆けてくる。そして力一杯に僕を抱きしめる。 「一人にしないで、綴……」  離れるまいと、彼の小さな手が、僕の背中を抱く。  暫く、僕の腹に顔を押し付ける拙作くんのつむじを見つめていた。その肩にそっと手を置いたとき、彼は漸く顔を上げた。 「なんて顔してんだ」と、わざとらしく吹き出して言った。涙と鼻水と涎でぐちゃぐちゃになった、真っ赤な頬だ。 「拙作くん」  僕は彼の前にしゃがみ込んだ。 「君が笑ってくれるから、僕は今日まで書いてこれたんだ。君は、僕が作家を諦めるのを止めるためにやってきたんだろ?」  彼は両の手のひらで顔を拭った。 「君は一人じゃないよ」 「綴と離れるのは嫌だよ……」 「離れていたって、僕の心にはいつも君がいるよ」  彼の目が不思議そうに潤んでいる。 「ボクのこと、忘れない……?」 「忘れるわけないだろ。毎日来てるんだから」 「明日も来る?」 「うん」 「明後日も?」 「勿論」  他のアバターと長い時間一緒にいたら、彼の存在がめちゃくちゃになったり、消えたりするかもしれないと思っていた。でも、彼はいつも通りだ。  だから―― 「大丈夫、自信を持て。君はこれから、沢山の人が手に取る作品になるんだから」
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