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握りしめたメモを見つめる。もうすぐゴミになるメモを。
今日で全部おしまいにしよう。
ゴミ箱へメモを放ろうとした、そのときだった。
台所の方で、何か物音がした。僕は身体を硬直させた。
小さな一室、大学の寮であるここで生活しているのは、僕一人。
さっきの物音は、明らかに、冷蔵庫が開く音だった。
恐る恐る、台所を覗き込む。冷蔵庫から伸びる暖色の光が、床を彩っていた。そしてそこには、小さな影があった。
「あ、おはよう!」
影は僕に気がつくと、振り返って言った。
「朝ごはん、用意しようと思って!」
二頭身の何者かは、呆然とする僕に、満面の笑みを向けた。
その少年は、テーブルを挟んで僕の向かい側に座り、口いっぱいにバナナヨーグルトを頬張った。
二頭身の身体、真ん丸の頭には、前髪だけが生えている。頭のてっぺんから爪先まで真っ白。人間の容姿ではないことは明らかだ。
「綴!」
彼は唐突に僕を呼んだ。当然名前なんか教えてないけれど、僕はさほど驚かなかった。
「……何」
「今度は何が起こるの!?」
彼は、目を輝かせて言った。
待ちに待った瞬間のはずだった。だが、あまりにもタイミングが悪い。よりにもよって、僕が意を決して夢を諦めようとしたときに。
「何も起きないよ」寝起きのざらついた声で、僕はぶっきらぼうに返事をする。「もう小説は書かないんだ」
「えー!? どうして?」
彼は大袈裟に声を上げた。朝っぱらからそんな声を聞かされては、鬱陶しくて堪らない。
「それはお前が一番分かってるんじゃないの」
僕は冷たく言い放った。
彼は、恐らくアバターだ。僕の最後の作品になるはずだった物の。
頼斗のアバターは、中学生くらいの幼さではあったものの、しっかりとした容姿をしていた。理性とか知性を感じさせる探偵の風貌、口調。人間と言われてもちっとも疑わしくない。
それに比べて、僕のアバターはなんだ。まるで五秒で描いた落書きのようだ。これだけ書いても、僕はキャラクターのイメージを、作品に乗せられていないということなのか。
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