嫌われツンデレ少女の「恋する運命論」

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 旅暮らしを始めて半年後。ノアが仕事上の報告のため、彼の義家族の暮らす砂漠の国、クラシニアへ一時帰国することになった。遊牧民へ対価を払い、乗合馬車で平原を駆ける。晩の野営のため、満天の星空の下でたき火を囲んでいた時のこと。 「ノアノアってどうして、ティサにひどく言われてもいつも笑って聞いていられるの?」  小さな体でノアの足に挟まって、彼の胸に背を預けて座っていたトイトイが、頭をのけぞらせてノアの顔を見上げながら問いかけた。  ノアは、一拍の間も開けずにさらりと答える。 「実はボク、千年前から来た人間なんだ」  何も気にしていないような平然とした調子でそう言うので、聞いていたティサとテラは驚愕に息を詰まらせた。テラは飲みかけていたコーヒーをむせて咳き込むし、ティサは目玉が落ちるのではと思うくらいに瞼を持ち上げてノアを凝視する。  ノアが言うには、彼はテラと出会うほんの一年前までは、ティサ達と同じ世界にいなかった。安息を司る神として信仰されている夢幻竜の作った、死後の人間が安らかに過ごせる「影の世界」。そこを旅して見回りをするように、夢幻竜直々に命じられていたという。 「その世界の全ては影で出来てるから、どんなに美しい風景でもやっぱり本物とはちょっと違うんだよね」  本物のノエリアックを見て、感動して……あの、朝焼けの空の下でノアの浮かべていた涙の本当の意味を、ティサは知った。 「そこにいる人々も、安息が保証されてるせいか、静かすぎて……千年振りに外の世界に出られて、テラに出会った時、思ったんだ。テラは言葉を口に出せないぶん、楽しかったり困ってたりの感情で顔がくるくる~って変わるから……ああ、『生きてる人』っていうのは、こんな感じなんだなぁって」  外の世界では、安息は保証されない。衣食住を得るために人は常に働き続け、困窮に苦しむこともある。ただ、生存の苦しみに悩むからこそ、喜びを見つけた時の感情もまたひとしおなのだ。生まれ持った困難を抱えて懸命に、自分に出来ることを選ぼうとするテラの姿にそう感じ入った。  ノアと出会って以来、テラには大いなる疑問があった。言葉を話せない自分はノアの世話になってばかり。ノアが困っても、悲しい別れを思い出して涙ぐむ時も慰めの一声すらかけられず、何の助けにもなれていない。どうしてノアは、こんな自分を負担に思わず一緒にいてくれるのだろう、と。  一方的に助けられているつもりでいたテラは、ノアにとっても自分との出会いがそんなにも救いになっていたなんて、夢想だにしなかった。この夜、ノアの想いを知ったことはその後のテラの自信に繋がっていく。自分という存在を卑下する必要がなくなったからだ。
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