嫌われツンデレ少女の「恋する運命論」

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 水の都ノエリアックは大陸の水源である広大な湖畔にあり、避暑地として人気が高い。そんな、美しさと静けさの象徴とうたわれる町に生まれ育ちながら、口汚く性格悪く、誰からも嫌われた少女がいた。  ティサ・アブルアムは、自分自身でもこんな性根に生まれて疎まれながら生きなければならない理由がわからなかった。さりとて、他者に嫌われるからという理由で自分の気質を矯正するということにも我慢ならない。自分はそういう運命の下に生まれたのだと開き直ってしまえば気が楽だ。子供の頃から「アブルアム家」に仕える幼い付き人、トイトイ。親戚に贈られたきらきら輝く意匠の凝った「武芸用の棒」とそれを振るう棒術に魅せられて、その技を磨く。そのふたつだけが友と呼べる、孤独な少女だった。  彼女は毎朝、朝焼けの光に全身を射されるようにして目覚める。アブルアム家で彼女に与えられた寝室は、なんと全面ガラス張り。壁だけでなく天井まで。ゆえに直射日光を遮ることが出来ないのだ。なんて馬鹿げた部屋だろうとティサも感じているが、この一室はアブルアム家が代々に渡って伝えてきた家宝に等しいものらしく、無碍には出来ない。  この日までは欠点しか見えなかった自室だったが、その朝を最後に認識を改めることになった。目覚めてまっすぐ、視界の先に人影が見えた。青い髪と瞳に、薄手の黒い上着の青年。ノエリアックの町全体に張り巡らされた水路、我が家の前のそれに指先を浸しながら、目の端に浮かぶ雫が朝の光を受けて光っている。こんな珍妙な部屋に寝起きしていたからこそ、その人に出会えたのだから。 「人の家の前で何泣いてんのよ」  自室を出て、外から見えない場所で寝間着から着替えて外へ出た。そこに青年がまだいたのなら、声をかけようと決めていた。 「大人の男の癖に、人に見られるかもしれない外で泣くなんて、みっともな」  思っていても口に出すべきではない、余計なひと言。こうした言葉を、ティサは何故か抑制出来ない。それも、「余計である」ことを自覚しながら、なお。 「ボク、ずぅっと前からノエリアックに来てみたいと思ってて、憧れの場所だったんだ。ようやくここへ来られたんだけど、本物のノエリアックの風景があんまりにも綺麗だったから……もう会えなくなった、大切な人達と一緒にこの景色を見たかったなぁ……って」  目尻に浮かんでいたのはたったのひと雫、それを指の甲でそっと拭って、青年は悲しみを堪えるような笑みをティサへ向けた。  自分の暴言を意に介さず、別れた誰かを偲び、ひとりぼっちで泣いていた。ほんのひと時の邂逅……だが、ティサの心の奥深く、杭を穿つ。  生まれてこの方、誰かに恋焦がれたことも誰かを請い求めた記憶もない彼女が、初めて運命を感じた相手だった。
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