夏の迷子

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 お手洗いを終えた私が足湯に戻ると、そこにみーこの姿は無かった。  「あれ。みーこ? どこにいるの?」  大きな声で呼んだけれど、返事も無い。どこに行ったのだろう。私は、小走りでレジに向かい、椅子に座っている店員さんに尋ねた。  「すみません。今まであの席に座っていた女の子、見ていませんか?」  「女の子ですか?」  店員さんは椅子から立ち上がり、私たちが座っていた足湯の方を眺める。  「はい。あの自由席に、私と二人で足湯に浸かっていたと思うんですけど。ショートカットの女の子です」  店員さんが驚いた顔をして訪ねて来る。  「あの足湯には、ずっとあなただけしかいませんでしたよ」  えっ。そんなはずは無い。私たちは、たしかに二人で一緒に足湯に浸かっていた。  「私たち二人とも迷子になって。それで、一緒に親を待とうねって話していたんです」  「迷子ですか……」  「ほら、床に水しぶきが跳ねてる! あれ、二人で足をちゃぷちゃぷした時に飛んだんです」  すると、店員さんが、はっとした表情で壁に貼ってあるカレンダーを眺めた。  「なるほど。今日は八月一三日でしたか」  そう言って、やさしく微笑みながらため息交じりにこう続けた。  「この町では毎年、お彼岸になるとそういった話を聞くことがあるんです。お盆のことを『うらぼんえ』と呼んで、迎え火を焚いて、ご先祖さまを呼ぶのです。今日は一三日ですから、ぎりぎり、迎え火の効果があったのかもしれません。迷子の、幽霊ちゃんだったのですかねえ」  店員さんは笑いながら、レジの奥へと歩いて行った。  私は震えながら、左手で右手首を掴んだ。  閉じられている掌を、親指から小指までゆっくりと順番に開いていく。そこには、くっきりとみーこの電話番号が書かれていた。  ーー「この番号にかけたら、いつでもこっちに来られるから。待ってるね! これからよろしくー!」
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