夏の迷子

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『列車が参ります。黄色い線の内側にお下がりください』  駅員さんが発する機械音のようなアナウンスが、箱根登山鉄道の強羅駅に響き渡る。  今日は、三ヶ月前から楽しみにしていた旅行の日だ。お父さんとお母さん、家族三人で行く夏休み旅行。毎年、夏休みには親の決めた旅先に出かけていたけれど、十歳を節目に私の希望が通ることになった。    目的は、箱根にある遊園地ほどの大きさを誇るプール。流れるプールやお酒を催したプール、チョコレートのプールなど、とにかく楽しいプールが沢山あるらしい。クラスメイトたちが教室で話しているのを聞いて、どうしても行きたくなったのだ。    しかし、さっき大きな問題が発生した。強羅駅の改札で、両親とはぐれてしまったのである。  折角の夏休みだと言うのに、どうして私が迷子になんかならなくちゃいけないんだろう。  はあ、ついていない。しかも、スマートフォンもGPSも、連絡が取れる手段のものは全て、お父さんが持っている鞄の中に入っている。  とことん、ついていない。    最初は「まあ、すぐに見つけてくれるだろう」と高を括っていた私も、駅のベンチに一時間も座っていると不安の波が襲ってきた。その波は寄せては返し、そして、だんだんと返らなくなった。このまま見つけて貰えなかったらどうしよう。  そう思いながら左右をきょろきょろとし、天を見上げてため息をついた時、ベンチの横から声がした。  「ねえ、もしかして、あんた迷子?」    はっとして横を見る。  同い年くらいの女の子だろうか。水色の半ズボンに真っ赤なTシャツを来たショートカットのその子は、私を見つめたままコテンと首を傾げていた。私が目を見開いて固まっていると、「だって、私と同じで何も持っていないみたいだから」と笑った。  「私と同じってどういうこと?」  「私も迷子ってこと」  手ぶらのその子はまた笑いながら、「隣、座って良い?」と聞いてきた。そして、私の返事を待たずに隣に腰掛けた。  「みーこって呼んでね。それで、せっかくだし一緒に遊ぼうよ」  同じ迷子なのにあっけらかんとしたみーこに、気持ちが少し明るくなる。                      「いいよ、親が迎えに来るまでの間ね。私のことは、あーちゃんって呼んで」
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