佐倉春哉、の話

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「ーー助かったよ、佐倉くん。新城さんの暴走を止めてくれて」 「間に合って良かったっす……」 堺社長が俺の耳元で囁くようにそうお礼を言う。先ほど新城と話していたT社の沢田さんは、まだ若いのに部長まで上り詰めたイケメンだ。田部さんを押し退けるように挨拶していた新城のところに、なんとか俺が割り込んで平和的にやり過ごさせた。 『邪魔しないでよっ』という視線を新城から向けられたが、知るか。田部さんからは、不本意だろうが『佐倉、ありがとう』的なアイコンタクトを受ける始末だった。 「こんな会場内で、マサヤさんのときの二の舞にしたくなくて」 「あー、はは。そうだったね。新城さんは本当に怖いもの知らずだなぁ」 「俺、大丈夫でした?なるべく普通に接したつもりなんすけど……」 「うん、完璧。営業スキルがまた上がってるね、佐倉くんは」 にこ、と微笑んで社長は「ありがとう」と言って俺の背中をぽん、とたたいた。 「………完璧なのは、奥平ですよ」 「ん?」 「あ、いや。今回だって、なんかさらっと入賞してるし。……俺は、同期なのに、全然あいつのレベルにいってないし」 「……うーん、そんなことないんじゃない?奥平くんも今回それなりに頑張ったからこの結果になったんだろうし、佐倉くんと奥平くんじゃそもそも職種が違うから、評価の仕方も変わってくるしね」 「………そう、っすかね」 「うん。今日の奥平くんの作品は素晴らしかったよ。でも、さっきの佐倉くんの営業トークも素晴らしかった」 「社長、」 「新城さんもね、なかなか仕事で成果は上がらないけど、あれだけ強烈なキャラで物怖じしない女性は珍しいし、ある意味貴重だ」 社長は軽く笑いながら俺たちを褒めた。 俺は、社長の隣を歩きながら瀬戸さんたちのもとへ戻る。 瀬戸さんと奥平が気がついてこちらを見たとき、一歩前に出た社長がくるっとこちらを振り向いて俺に言った。 「奥平くんだけじゃなくて、佐倉くんと新城さんも、すごく頼もしい社員だよ。本当に感謝してる」 「………!」 戻ろうか、とそう付け加えて。社長は瀬戸さんたちの方へ歩いていく。 「………優しすぎだろ。まだたかだか2年目の俺たちにさぁ………」 いや、違うか。1年目とか何年目とか、そんなこと最初から堺社長は気にしていなかった。 社長は、内定したときから、いや、面接のときから、俺たち個人を尊重してくれていた。 「………」 「おい、佐倉。どうした?」 「……あ、」 立ち止まっていた俺の名前を呼ぶ声がした。 俺は「今いく!」と返し、奥平たちのもとへ向かう。 ーー俺の、『ここで働きたい理由』。そんなん最初から、わかってたことだな。 「ほんと佐倉って空気読まないんだからぁ」と新城が俺に対して文句を垂れている。 俺は、奥平と新城の顔を見た。 ーーこいつらが俺の同期だ。 たとえそこに、それ以外の、どんな感情が加わったとしても。
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