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「あ~ん、また差をつけられちゃったなぁ」
「いや、お前さ。そんなこという前に出された課題くらいちゃんとやれよ」
俺は自社ブース前で缶コーヒーを口にしながら思ってもないことを言う新城を横目に見てそう言った。
会場は交流会の時間になり、ガヤガヤしている。
あちこちでデザイナーやクリエイターの名刺交換が行われているのを見渡す。
入り口付近で堺社長と一緒にどこかの会社の社員と話している奥平が見えた。
「………なあ、新城」
「なによ?」
「あいつの作品……ってすごいんだよな?」
正直、イラストとかCGとか芸術とか、そういうものに疎すぎる俺は、上位3つに選ばれた奥平の作品がどれくらいすごいのかわからなかった。
参加者が30人くらいらしいから、クラスでいえばまあ上位成績なんだろうけど。
「はあ~佐倉、あんたってほんとクリエイティブ能力ないのね。短期間であれだけ仕上げてたら上出来でしょ。私の作品見た?まさかスクリーンに取り上げられるとは思わなかったけどぉ」
「全員の映し出されてただろーが」
「恥以外のなにものでもないから、辞退すれば良かったな~」
……こいつは、本当にちゃんと仕事してんのかよ?
ブーブー言う新城から目をそらし、再び奥平に視線をうつす。
ーー社長の隣に立ってても、落ちついてんなぁ。2年目のくせに。
そんなことを考えていたらこちらに向かってくる田部さんが見えた。
「よー佐倉」
「!……田部さん、お疲れ様です」
「田部さぁん。どこ行ってたんですかぁ?私、佐倉とふたりじゃ心細すぎて~」
「おい」
新城は田部さんを見つけるとたたたっと足音鳴らして近寄っていった。
……こいつらまだ続いてんのか。
すると、少し遅れて瀬戸さんもやってきた。
「佐倉、お疲れ」
「瀬戸さん」
「コンテスト結果と物販の締めの手続きしてきた」
「さすが事務職っすね~ありがとうございます。俺、書類関係ダメで」
「いや書いて出すだけだろ……。奥平は?」
「社長と一緒です」
ほら、と俺が他社の社員と談笑するふたりを指差すと瀬戸さんはそれを穏やかに見つめて「良かったな」と言った。
「瀬戸さんも奥平の作品すごいと思います?」
「え?うーん、いや僕は……正直あんまりわからない」
「えぇ?まじすか。俺と一緒じゃん」
「まあでも、ここにいる審査員が奥平の作品を上位に選んだんだから、すごいことだよな。あいつ、そんなに残業もしてないのに、いつ作ってたんだか」
「………っすねぇ」
ーーそうだよな。奥平は優秀だ。俺や新城と比べたらはるかに。
「……あいつなら、もっと他のデカイ会社にも入れたのに」
「え?」
「あ、いや。あいつ前、入社前に内定は他からももらってたって言ってたから……。仕事できるし才能あるし、なんでここを選んだのかって……すみません。別にうちの会社をバカにしてるわけではないっす」
「……他にもらってた内定を蹴って、奥平はこの会社にきたんだろ?あいつの中では……ちゃんとした理由があるんじゃないか?」
「理由?」
「『この会社で働きたい』と思う理由。お前にもあるだろ?」
瀬戸さんはブースの机に置いてあった缶コーヒーを俺に手渡した。
「…………瀬戸さんは社長に一目惚れしたから入社したんすか?」
「はあ?なんで僕の話になるんだよ。全然違うし。僕は、事務職で受かったからここに入ったんだよ。事務って女性が多いからなかなか採用してくれなくて……てか、入社して数年はほとんど社長との接点なんかなかったつの」
「え?マジで?そうなんすか?」
「マジだ。……ってだから僕の話じゃなくてーー」
瀬戸さんが妙に慌て始めたとき、「佐倉」と呼ぶ奥平の声がした。
振り向くと、奥平がこちらに向かってくる。社長はまだ、他の誰かと話を続けているようだ。
「奥平、お疲れ」
「ああ、瀬戸さん。ありがとうございました。後処理任せてしまって」
「全然。それよりすごいな、上位入賞おめでとう」
「ありがとうございます」
奥平は特別表情を変えることなく軽く頭を下げた。そのあと、俺を見る。
「あ、……すげぇじゃん。おめでとう」
「うん、ありがとう。……ところで新城は?」
「え?あれ、さっきまで田部さんと一緒に……」
そういや新城たちどこ行った?
と思って会場内を見渡すと、社長がどこかの偉そうな人と話しているところに、新城と田部さんの姿があった。
話に入り込み、一緒に笑ってるように見える。
「いっ?あいつら、いつのまに社長んとこにっ?」
「……うわ、あれ、新城の色仕掛けでも出るんじゃないか。なんの話してるかわかんないけど」
「はあ……?……ってゆうか待て!あれ、T社の営業部長の沢田さんじゃね!?」
「知ってんのか、佐倉」
奥平と瀬戸さんがこちらを向く。俺は、カンっ!と瀬戸さんから受け取った缶コーヒーを机に置いた。
「長年の取引先だろ。……まずい、沢田さん、女の子好きだから、新城の毒牙にやられでもしたら、今後、新城を担当にしろとか言い出しかねない!」
「えっ」
「新城に営業は無理だ。絶対現場がめちゃめちゃになる」
「そ、そんな大袈裟な……」
俺は瀬戸さんの視線を振り切り、歩きだした。しかし奥平に止められる。
「おい待て、佐倉!」
「あ?いいからちょっと待ってろ。俺が話つけてくるからっ」
「……それはわかったけど」
「だー、なんだよ!?」
俺は立ち止まり奥平を見た。すると、奴は面白そうに口角を上げて笑った。
「惚れそうになった。今のお前が、かっこよくて」
「……っ?!」
「………ははっ!」
瀬戸さんが笑ってる。
俺は、すました顔の奥平を見ながらわなわな震えた。
ーーいやだから、今言うことじゃねーしっ!!
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