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数ヶ月後【奥平柊、の話】
「なんか最近、機嫌良さそうね。奥平くん」
「え?」
コピー機を使っていたら、後ろから槙谷さんが近づいてきてそう言った。
思わずバタン、とコピー機の蓋を閉める。
「そう見えますか?」
「うん。今も後ろ姿みただけで、るんるん気分が駄々漏れてるわよ」
「るん……」
ふふふ、と笑う槙谷さんも調子良さそうだ。
俺は「それなら」と口にする。
「槙谷さんの方が、るんるんなんじゃないですか?」
「え?」
「え、って。聞きましたよ、長谷川さんと結婚するんでしょう」
多分まだ公になっていないので、こっそりそう言うと、槙谷さんは上目遣いにこちらを見た。
「誰から聞いたの?」
「え、そこ気になります?」
「私が伝えたのは、社長と岡野さんと瀬戸さんだけよ」
「………なるほど」
俺は佐倉から「まだ内緒だぞ!」と言われて教えてもらったわけだが、じゃあきっと佐倉は長谷川さんから聞いたんだろう。
っていうか、そんなに大きなオフィスじゃないんだから、すぐに広まりそうだけど。
「奴の名誉のために黙秘します」
「奴ぅ~?佐倉くんね?やっぱり、長谷川さんが営業の皆に言いふらしてるんでしょ、どうせ。入籍するまで黙っててって言ったのに」
まったく、と、槙谷さんはチラチラ営業部の方を見ながらブツブツ言っている。
「入籍はいつ?」
「あー……明日かな」
「えっ、明日?」
「うん。ふたりで午前休みもらって役所行く予定なの。だから、今日の帰りに発表することになってたんだけど……」
「……たぶん皆もう知ってるんじゃないですか?」
「かもね」
槙谷さんは呆れた声を出したが、表情は幸せそうだ。
俺は槙谷さんに向かいあい、軽く頭を下げた。
「おめでとうございます。また後日お祝いさせてください」
「え、やだ。ありがとう……改めて言われると照れる」
「あ~~、ちょっと奥平?なに槙谷さん泣かせてるのよ」
「!」
そこへやってきた新城が槙谷さんを庇うように俺を払いのける。
「み、美花ちゃん。あの、実はね……」
「なんですかぁ?なんかあったら言ってくださいね?セクハラ反対」
「お前な……」
いらっとしたが新城とこんなところで言い合っても仕方がないので、なにも言わずにおいた。槙谷さんがちゃんと話をつけてくれるだろう。
「ただいま戻りましたぁ~!」
そのとき、佐倉と長谷川さんが外回りから戻ってきたのが見えた。
「あ、長谷川さんですよ、槙谷さんっ」
「あ、う、うん。そうね、」
「……じゃあ俺は仕事に戻ります。槙谷さん、帰りの発表、楽しみにしてますね」
「あ」
「は?なによ?帰りの発表?」
新城はまだ知らされていないのか。
ーー実に懸命な判断だ。
「めっちゃ疲れたっすよ~。自販機でジュース買えば良かった~」
「お前、出先で何本飲んでんだよ。少しは節約しろ」
「う、わ~長谷川さん。なに急に倹約家もどきの発言してんすか?あ、そっか、明日……」
「わーーー!!バカ佐倉っ!」
「はあ?なに動揺してるんすか?どうせもうバレるんだからいいじゃん!」
長谷川さんと佐倉がギャアギャア言ってる声が聞こえる。つーか丸聞こえだし。アホだな、あいつら。
なんの話~?と、佐倉たちのもとへきゃっきゃと近づいていく新城と、それを慌てて追う槙谷さんを横目に見ながら、俺は自分のデスクに戻った。
ーーなんか最近、機嫌良さそう。
社会人生活2年目も後半。
俺がこの会社で働く理由は、もう手に入っている。
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