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~新入社員たちの恋~
「やべーっすね、瀬戸さん。槙谷さんがいないと事務回らないじゃないですか」
「その通りなんだよ。お前、こんなとこにからかいに来る余裕があるんなら、外線のひとつでも出てくれよ」
プルルル、プルルル……
ーー事務所の電話が鳴り響いている。
「大変お待たせして申し訳ありません、お電話ありがとうございます……」
瀬戸さんはデスクに食いついてかかってくる電話に出ている。
当然瀬戸さんひとりでは追い付かないので、岡野さんや、他の社員も対応してはいるが。
俺はそんな必死な瀬戸さんの隣で、目の前の槙谷さんの席を見る。
先日、営業の長谷川さんと結婚した槙谷さんは、長谷川さんと共に新婚旅行にいくため休暇を取った。
どーせなら一週間くらいまるっとまとめて休めばいいのに、土日を使って平日は月火だけ休むという、なるべく仕事に支障を出さない謙虚な休み方をしている。
「はい。お電話頂き、ありがとうございました。失礼致します」
受話器を置いて電話が終わった瀬戸さんは、椅子ごとぐるんと俺の方を向いた。
「おい、佐倉?お前さっきから、いつまでここにいるんだよ!」
「え?あー……すみません。つい。槙谷さんたち今頃楽しんでるかなぁって」
「かなぁ、じゃねーし。忙しいんだから戻れよ。お前だって長谷川の分の仕事があるだろ?」
「まあ、一応」
「……はぁ。でも、槙谷がいないとよくわかるな。僕、最近彼女に大分仕事の面でも頼りきりだった」
小さく溜め息を吐きながら瀬戸さんはパソコンに目を向ける。
俺は、ごそっとポケットに手を入れ中から飴玉を取り出して瀬戸さんに渡した。
「なんだ?」
「あげます。もう行きますから。瀬戸さん、苛々してるし、これで糖分取ってくださいよ~」
「……あ、あぁ。ありがと。でも、電話に出るとき舐めてると話しずらいから、あとで食べるよ」
「あ、そっか。うん、そうしてください。水曜になれば、槙谷さんも復帰するんですよね?」
「そうだな………」
瀬戸さんは受け取った飴玉を手のひらでゆるく動かしている。
「じゃあ俺行きますね」と言った俺に、瀬戸さんは少し首を傾げてポソッと呟いた。
「………もし槙谷が、産休とか取ることになったらどうしよう」
「…………え?」
………サンキュー?
ーーえ!?
「え!?マジすか、もうそんな予定が!?」
「ばっ、しーー!……いや、仮定の話だよ。全然そんなこと聞いてないから」
「仮定かぁ……びっくりさせないでくださいよ。瀬戸さん、話先走りすぎじゃないっすか?」
「いやでも……今後可能性はあるだろ。長谷川と結婚したんだから」
「まぁ…………っすね」
「でも、とにかく仮定だから。僕が言い出しといてなんだけど、お前、間違っても槙谷や長谷川に聞くなよ。そういう話題聞くのって……」
「あ~はいはい、わかってますって」
また電話が鳴り、瀬戸さんが慌てて取った。
俺は軽く頭を下げてから自分の席に戻る。その途中「佐倉」と向こうの方から声がした。
「……?あー奥平」
「ぼけっとすんなよ。今、外線3番に、V社の事務員さんから電話きてる」
「え、マジか」
「保留してるから、よろしく」
奥平は電話を指差しながらそう言うと、パソコンの方を向いてしまった。
……あいつ、最近電話もよく取ってるんだよなぁ。ほんと、なんでもできる奴め。
俺は急いでデスクに戻り、受話器を取る。
「お待たせしました、佐倉です。お電話、ありがとうございますー」
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