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「結婚、かあ」
「………」
「長谷川さんも槙谷さんも幸せそうだからいいんだけど。でもなぁ、やっぱり自分に置き換えると全然想像つかねーわ」
な、と言って隣にいた奥平を見るとスマホを見ながらそうだな、と奴は呟いた。
こっちを見ないので、俺は奴のスマホを覗きこむ。
「おい、人が話してんのに一体なにやってんだ?」
「あー……悪い。ちょっと値が気になって」
「値?……ってなんじゃこりゃ、株かよ!?」
奥平のスマホにはわけわかんねぇ金額の羅列とグラフが写し出されている。
「お前さあ……そんなこともやってんだな」
「まあ、趣味のひとつかな」
「……多趣味なこって」
すっかり来慣れた奥平の部屋。なんやかんや週3くらいで来てる。今日も木曜日だけど、早く仕事が終わったのでそのまま来た。
最近じゃ、冷蔵庫も勝手に開けるようになった。なんなら、俺用のつまみやビールも置いてある。
ローテーブルの向こう側ではテレビがついてる。俺はリモコンを手に取り、適当にチャンネルを変えた。
「あー、なんも面白い番組やってねーな」
「………」
「なんかさー、もっと笑えるのないの?仕事したあとなんだから、気負わず見れるやつがいいんだけど~」
「………」
「つーかさ、こないだ瀬戸さんが、槙谷さんが産休になったらどうしようってめっちゃ不安がってたんだけど、話早くね?」
「………」
「槙谷さんって俺らより何個上だったっけ?でも確かに槙谷さんが抜けたら事務はヤバそう。また誰か雇わないと無理ゲー確実だわ」
「………」
「変わってくんだなー。そうやって、ちょっとずつ。会社も、……俺たちも?」
「………………佐倉、」
ーー奥平の足の太ももから、ゆっくり手を動かして股の間に触れたそのとき。
ようやく奥平はスマホから目を離して俺を見た。
「……したいのか?」
「俺よりスマホを見つめるお前が悪い」
「……ふ、スマホに嫉妬か。かわいいな」
「なめてんのか、おい」
なめてない、と言って奥平はスマホをテーブルに置いてから、身体ごとこっちを向いた。
「それで?変わっていくのが怖いのか?お前は」
「……聞いてんじゃん……」
「そりゃ聞くだろ。好きな奴の話なんだから」
「……うーわー……ちょっと素でそういうこと言うの、マジで勘弁して」
こいつ、たまにそういうこと真顔で言うんだよなぁ。マジで恥ずかしいわ。
「そういうなら、俺の足とか触って誘ってくるのはいいのか?」
「いいんじゃね。だって最近してねーじゃん。俺が泊まりに来てんのに、手を出してこないお前が悪い」
「……俺ばっか悪者かよ」
「そうだよ」
そう言って、手を伸ばした。
軽く触れるだけのキス。
顔を離して、奥平の目を見たら瞳の中に俺が映った。
「佐倉」
「うん」
「俺たち、まだ2年目だからさ」
「うん」
「別にまだ、変わらなくてもいいと思う」
「そうだな」
「将来どうなるかは、わからないけど」
そういう奥平の視線は外れなかった。
俺は少し奴から離れて右手を軽くあげながら続けた。
「……まー正直?10年くらい働いたら俺がデキる男になって、可愛い女の子にモテまくる日がくるかもしれないし」
「………はは、」
「笑うな」
「もしーーそんな日がきて、お前が心変わりでもしたら……そのときは大人しく身を引くかな」
奥平は俺の手を取りながら穏やかにそう言った。
「そんなん、俺も同じだ」
ーーその手を握り返す。離れないうちに。
だって今はまだ、こうして繋いでいられるから。
「ところでさあ、奥平」
「なに?」
「やっぱりお前……結局俺に抱かれる気ないだろ?」
「……は?」
「いや、だってさあ、抜きあうのもいいんだけど~……お前と付き合ってから、俺、しばらく女の子抱けてないじゃん?やっぱそれは、男としてどうかと思って……色々鈍りそうだし」
「………あのな、それ、俺もそっくりそのまま返せるんだけど」
「ちっ……。折れる気ねぇんだな、お前」
「それはお前もだろ?」
「……当然」
右手を口元にやりながら笑う奥平を見て、またキスをしたくなった。
ーーまあ、でも、いいか。
俺たちの恋は、まだ焦るようなものじゃない。ピカピカの1年目。
良くも悪くも、まだ、ここから。
end.
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