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ここら辺は水位が低くて、水は足首くらいまでしかない。元をたどれば大きな川につながっているんだけど。
橋の下におりると、お守りはすぐに見つかった。流されなくてよかった。
僕が拾って渡すと、指原さんはホッと息をつく。
「ありがとユーゴ。ママがくれた大切なお守りなの」
「指原さんのお母さんって、ピアノ教室の先生だっけ」
「えっ⁉︎ う、うん」
「先生なんて、すごいね」
「あ…… ありがとう」
なぜだろう、指原さんの表情は暗い。
たしか子どもから大人まで人気の音楽教室だったはず。なにか不安に思うことがあるのかな。
……ま、僕には関係ないか。
Tシャツの裾で手を拭いて、今度こそ帰ろうとしたその時。
「なあ、これってゲームじゃね?」
「ゲームっ⁉︎」
大筋君の言葉に、僕は勢いよく振り返る。
見ると、彼の手には真っ黒いゲーム機、のようなものが。
川から拾い上げたらしい。
「見せて」
「あいよ」
手に取ってみると、どうやら二つ折りのゲーム機みたいだ。
だけどおかしい。こんな型は見たことがない。
ゲーム雑誌も好きでよく読むけど、こんなデザイン載っていなかった気がする。
側面をちらり。電源に、音量調節用のボタン、カセットを差し込む凹み。
どこからどう見てもゲーム機だ。
「汚いわよ」
「水に浸っていたのなら使いものにならないだろう」
「たしかに〜」
三人を無視して、ゲーム機を開こうとする。
が、開かない。
ロックなんてなさそうだし、ネジがおかしくなってるのかな?
(あれ?)
真っ黒で気づかなかったけれど、フタの部分に文字が彫られている。
僕は親指で、フタについた泥汚れをグイっと拭う。
浮き上がった文字は––––
「ピー、エー、エヌ……」
「どれ。これは、PANDRAだな」
「ぱんどらって、なんだぁ?」
知識を披露できるとあって、本庄君は嬉しそうにメガネをクイッとさせる。
「ギリシャ神話に出てくる、人類最初の女性さ。プロメテウスが天界の火を盗んだことに怒ったゼウスが––––」
「あ~、わっかんね〜」
フタを開けたい一心で、そんな二人のやり取りも耳に入ってこない。
あと少しで開きそうなんだけどな……
「彼女の有名な話で、パンドラの箱が挙げられる。決して開けてはいけないと言われていた箱を、彼女は開けてしまうんだ。するとたちまち、中から怒りや悲しみ、不幸といった災いが飛び出して––––」
「え、ちょっと。それじゃあこのフタも開けたらマズいんじゃない? ねぇユーゴ、聞いてる⁉︎」
カチリ
「あ、開いた」
「ちょっとぉ⁉︎」
「え、な、なに?」
驚いて振り向くと、指原さんが顔を真っ青にしてこちらを見ている。
シーン。
しばらくポケッと見つめ合っていると、彼女がソロソロと口を開く。
「……なんにも、起きない?」
「はあ。こんなゲーム機の中に災いが詰まっているわけないだろう。ミノリって意外と抜けてる所あるよね」
「なっ! チヒロが変な話するからでしょ~‼︎」
指原さんがポカスカ叩くけど、あんまり痛くなさそうだ。
災いってのがなんのことかさっぱりだけど、とりあえず大丈夫なのかな。
これは家に持って帰って、同じデザインがないか探してみよう。
「みんなお待たせ。もう大丈夫だから、帰ろ––––」
そう言いかけた時、突然辺りに竜巻が起こった。
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