●2:ふたりじごくのアレゴリア

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「――」  ラジエラは顔を上げて――一瞬の間――マタイオスからの質問に答えようと、桜色の唇が微かに開いた。  その瞬間である。何かに気付いたラジエラが海の方を見た。マタイオスもその動作の理由を理解する。監視システムから機体に共有されるデータ。襲撃者だ。 「ラジエラ、ポワレ食べてていいぞ。冷めたら台無しだろ」 「……わかった。ありがとう」  乙女が片手を差し出す。ロボットも手を差し出した。ラジエラがその指の上に乗る。浮遊感、近付く彼我と、重なる唇。 「――その罪にあなたがどう向き合うかじゃない? だって私は裁判官でも警察でもないもの」  唇が離れた瞬間の言葉。あくまで自分に断罪の権利はない、とラジエラは告げた。 「それもそーか」  マタイオスは苦笑した。同時に、心の奥底で自分が少しでもマシな人間であることを祈る。 (マジで……俺はどんな人間だったんだ? どんな人生を歩んできたんだ? なんで……記憶がパーになるぐらいズタボロの状態で流れ着いたんだ?)  ずっと分からないままだったらどうしよう。そんな不安を……今は、襲撃者をどうにかするという使命で塗り潰す。  夜の暗い海は、昼とまるで表情が違った。真っ黒な鉛が押し寄せてくるかのよう。底の見えない奈落の色。それを踏みしめ、マタイオスは進む。彼方、巨大なロボットが同じように歩いてくるのが見える。巨大な球体にずんぐりとした手足が生えた姿だ。人間でいうところの頭部はない。 「スキャニング」  声紋認識で機能を用いる。解析……初めての『人間(パイロット)』入りのロボットだ。コックピットの位置が表示される。あそこを狙うのはダメだ。よく見たら機体に『ゴイスー重工』とペイントされていた。あの機体を作った会社なのだろう。 「普通に民間企業が来るんだな……」 「私を討ち取れたら、『私(博士)』の技術力を上回れたって世界的にアピールできるからね。悪を討ち取った偉大な企業ってことで好感度も爆上り、偉業を成し遂げたと間違いなく歴史の教科書に乗るだろうし」  通信のラジエラの声がちょっともこもこしていたのは、ポワレを食べているからだろう。 「むしろ国単位で来る方が珍しい。だってロボットや怪獣が倒されたら、国民の税金で何やってんだって政治家のイメージがえらいことになるでしょ」 「世知辛いなあ……」  先に決闘島へ足を踏み入れたのはマタイオスだった。遅れて上陸したゴイスー重工のロボットを見据える。 「あーあー、えーと、俺の声、聞こえてるか? 俺の声に聞き覚えあったりする?」 「ウワッ喋ったッ……」  明らかにビックリした様子の、男の声だった。 「え、なんですか、知りません……あれ? パイロットがいるなんて聞いてない……」 「いや~パイロットっつーか脳が格納されてるっていうか……この辺で男がリンチに遭ったっぽくてさ、このロボと融合? することで九死に一生を得たっていうか。まあその脳が俺なんだよ。なんかリンチ事件について心当たりない?」 「全くないな……リンチって、どこぞのパイロットが博士にやられたんじゃないのか?」 「いや! それはないね。ここんとこ人間が殺されてる事例はないはずだろ?」 「それはそうだが……というか博士になぜ協力している、奴は歴史的大犯罪者だぞ!」 「……博士は死んだよ」 「だがそのデータを受け継ぐ『娘』がいる。奴の頭脳は、世界を滅ぼしかねないパンドラの箱だ」 「ンなこと言って、金の為に売名したいだけだろ?」 「貴様ァ! 我らがゴイスー重工を愚弄するか!」  丸ロボットが身構えた。マタイオスは大仰に肩を竦める。 「女一人殺すのに、大した口実だな」  ラジエラ曰く、今まではウドンをラジエラが操作していたとのことだ。脳波コントロール……とかなんとか難しいことを言っていた。ウドンは凄まじい兵器だが、その操作はとても脳が疲れるとも言っていた。マタイオスはウドンと脳をダイレクト接続しているので、そういった疲労が起こりにくいらしい。  科学の話はよく分からん。一方で、ちょっとずつ『身体』の動かし方は分かってきている。 「オラァ!」  振り抜かれる拳に、こちらも真っ向から拳をぶつけた。スペックはマタイオスが上、拳を罅割れさせながら弾き返す。返す刃――液体金属の腕を細く薄く変形し鞭のようにしならせ、弾いた腕を打撃した。装甲の隙間を狙った『返す刃』は、その腕を切断する。 「ッ……負けるものかァ!」  怯むことなく、丸ロボットはブースターを噴かせて強引に体勢を立て直すと、空中で弧を描いていた『腕』を掴み、それを鈍器のように振り抜いた。  ガン、とマタイオスの頭部にスイングがぶつかる。人間規格だったなら鼻血が出ていただろうか。痛みは感じない。損傷もない。脚がよろめくこともない。 「……アイツぁ今メシ食ってんだよ……」  ぶつけられた『腕』を掴み、握り潰す、グシャリ。モノアイが赤く夜に光った。  マタイオスは手を伸ばす。丸ロボットを掴み――指をめり込ませ、持ち上げる。 「おととい来やがれッッ!!」  ブン投げた。夜の向こうへ、遠くの海へ。 「うわああああああぁぁぁぁぁ――……」  悲鳴のフェードアウト。ワンテンポの後、向こう側で大きな水柱。 「二度と来んな」  フンと無い鼻を鳴らし、マタイオスは踵を返すのだった。
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