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「『ご苦労様』、それと、ごちそうさまでした」
ラジエラの言葉。砂浜へ戻ったマタイオスの足元は綺麗に片付いていた。準備の時もそうだったが、何かあればそこかしこからマニュピュレータが出てきてあれやこれやをやってしまうのだ。お片付けがあっという間なのも納得である。
「どう? おいしかった? ポワレ」
「うん、おいしかった。栄養バー以外のもの、初めて食べた。味がした。ほくほくで。あったかくて。知ってる味なんだけど、なんだか……よかった。すごく。ありがとう。一匹全部はちょっと多かったから、残りは明日の朝ごはんにする」
相変わらずの無表情だ……しかし言葉の端々から感動が伝わってくる。マタイオスは心がじんわりした。
「そっか、よかったよかった」
「……私のこと。いろいろ気遣ってくれてありがとうね」
魚を獲ってくれたこと、さっきの戦闘中にラジエラを庇う言動をしてくれたこと。乙女の言葉に、「まあな」とマタイオスは小さく笑った。
「それで――あなたの子機のお披露目をしたいんだけれど」
「ああ! そういえば作業終わったーって言ってたな、見せてくれよ!」
「うん」
言下、ラジエラの傍らの砂浜から何かがせり上がった――人間大の、白い布を被せてある立体だ。
「いくよ。3、2、1――」
バッ、と布が取り払われる。
そこにいたのは……屈強なモヒカン男。筋骨隆々、入れ墨まみれ、凶悪を圧縮したような顔面、厳つすぎる世紀末ファッションの。
「じゃじゃーん」
「じゃじゃーんじゃないが? オイ! 俺の顔の復元データみたいなのあったじゃん! 普通はそれにすると思うじゃん! なんで世紀末にした!?」
「かっこいいじゃん……」
「マジで言ってる!?」
「ちなみにモヒカン取り外し可能だけど」
カポッとモヒカンが取れた。
「だから何!?」
謎機能すぎる。
「しょうがないなぁ……」
ラジエラは小さく息を吐いた。
「じゃあB案の方にするね」
「素顔がB案!? フツー素顔がAやろがい!」
「はいこれB案」
「おざなり~~~~」
おざなりに砂浜からニュッとせり出したのは、マタイオスの素顔と思われる顔と体の人型機械だった。
「『子機モード、ゴー』って叫べば子機操作モードになるから」
「やっぱ声紋認証なんスか……」
なんだその深夜テンションで考えたようなパスワードは……と思いつつ、マタイオスはもうそろそろ慣れてきているので「『子機モード、ゴー』!」と死んだ目をして叫んだ。
すると――……例えるなら、VRゴーグルによる操作、といった感覚。視点が子機側に移り変わる。マタイオスは人型の機体で、巨大なロボットである自分を見上げていた。
「お、おお~~~~……すげえ~~~……うおおお視点が低い……すげ~~~~……」
自分の掌を見たり、顔をペタペタ触ったり、体を見たり、辺りを見回したり。感動というより「スゲエ」という感心だ。科学に疎いマタイオスからすれば魔法である。
「具合はどう? 変なところある?」
ラジエラの声がしたので振り返る。いつもよりうんと近い視点にいるから――ラジエラは美しい、間近で見るとその輝かしさに威圧されて――思わずたじろいでしまった。
「あ――うん、大丈夫そう。ウドンモードに戻るのはどうすればいいんだ?」
「『ウドンモード、ゴー』」
「はい……」
「それじゃあ、明日はよろしくね」
「うっす」
「ああ、それから――」
ラジエラは水平線の向こうの町を見やった。夜風にイヤリングが揺れて、星のように瞬く。
「私の脳内の技術を『悪用』するつもりの人間が、やっぱりそれなりにいるから。……だから博士の技術はこのまま、私の頭の中で死蔵して、飼い殺して、墓まで持ってく。誰にも渡さないし、使わせない。それがせめてもの、私にできる贖い。……だから、ずっと島からは出ないでおこうって思ってた。世界の平和の為にもね」
それを聞いて――「なんかごめん俺の為に」とマタイオスは言いかけるが、その言葉より早くラジエラが「でも気にしないで」とキッパリ言った。
「何かあったら、あなたに護ってもらえるから、大丈夫」
目と目が合う。この視点で目を合わせるのは不思議な感覚だ。マタイオスは開きかけていた唇を閉じ、そして、もう一度開く。
「この機体でも戦えるのか?」
「とりあえずヒグマを一捻りできる程度には」
「十二分ですわ……。あーそれから、あんたは変装とかしなくてもいいのか?」
「私の顔と名前は世間に公開してないから知られてない、問題ない」
「そっか」
「……ねえ、ここだけの話、一つだけ言っていい?」
ラジエラが微かに首を傾げる。「なんだ、どうぞ」と男が片手を差し出し促せば――
「明日すっごい楽しみ」
乙女は小さく笑って、「じゃあお風呂入って寝る」と赤いスカートを翻してコテージに向かった。
「おやすみなさい」と告げる唇、閉まるドア、小さな足跡が砂浜に連なっているのを順番に見て……ふ、とマタイオスは笑った。
「俺も休むかな……『ウドンモード、ゴー』」
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