●2:ふたりじごくのアレゴリア

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「『ご苦労様』、それと、ごちそうさまでした」  ラジエラの言葉。砂浜へ戻ったマタイオスの足元は綺麗に片付いていた。準備の時もそうだったが、何かあればそこかしこからマニュピュレータが出てきてあれやこれやをやってしまうのだ。お片付けがあっという間なのも納得である。 「どう? おいしかった? ポワレ」 「うん、おいしかった。栄養バー以外のもの、初めて食べた。味がした。ほくほくで。あったかくて。知ってる味なんだけど、なんだか……よかった。すごく。ありがとう。一匹全部はちょっと多かったから、残りは明日の朝ごはんにする」  相変わらずの無表情だ……しかし言葉の端々から感動が伝わってくる。マタイオスは心がじんわりした。 「そっか、よかったよかった」 「……私のこと。いろいろ気遣ってくれてありがとうね」  魚を獲ってくれたこと、さっきの戦闘中にラジエラを庇う言動をしてくれたこと。乙女の言葉に、「まあな」とマタイオスは小さく笑った。 「それで――あなたの子機のお披露目をしたいんだけれど」 「ああ! そういえば作業終わったーって言ってたな、見せてくれよ!」 「うん」  言下、ラジエラの傍らの砂浜から何かがせり上がった――人間大の、白い布を被せてある立体だ。 「いくよ。3、2、1――」  バッ、と布が取り払われる。  そこにいたのは……屈強なモヒカン男。筋骨隆々、入れ墨まみれ、凶悪を圧縮したような顔面、厳つすぎる世紀末ファッションの。 「じゃじゃーん」 「じゃじゃーんじゃないが? オイ! 俺の顔の復元データみたいなのあったじゃん! 普通はそれにすると思うじゃん! なんで世紀末にした!?」 「かっこいいじゃん……」 「マジで言ってる!?」 「ちなみにモヒカン取り外し可能だけど」  カポッとモヒカンが取れた。 「だから何!?」  謎機能すぎる。 「しょうがないなぁ……」  ラジエラは小さく息を吐いた。 「じゃあB案の方にするね」 「素顔がB案!? フツー素顔がAやろがい!」 「はいこれB案」 「おざなり~~~~」  おざなりに砂浜からニュッとせり出したのは、マタイオスの素顔と思われる顔と体の人型機械だった。 「『子機モード、ゴー』って叫べば子機操作モードになるから」 「やっぱ声紋認証なんスか……」  なんだその深夜テンションで考えたようなパスワードは……と思いつつ、マタイオスはもうそろそろ慣れてきているので「『子機モード、ゴー』!」と死んだ目をして叫んだ。  すると――……例えるなら、VRゴーグルによる操作、といった感覚。視点が子機側に移り変わる。マタイオスは人型の機体で、巨大なロボットである自分を見上げていた。 「お、おお~~~~……すげえ~~~……うおおお視点が低い……すげ~~~~……」  自分の掌を見たり、顔をペタペタ触ったり、体を見たり、辺りを見回したり。感動というより「スゲエ」という感心だ。科学に疎いマタイオスからすれば魔法である。 「具合はどう? 変なところある?」  ラジエラの声がしたので振り返る。いつもよりうんと近い視点にいるから――ラジエラは美しい、間近で見るとその輝かしさに威圧されて――思わずたじろいでしまった。 「あ――うん、大丈夫そう。ウドンモードに戻るのはどうすればいいんだ?」 「『ウドンモード、ゴー』」 「はい……」 「それじゃあ、明日はよろしくね」 「うっす」 「ああ、それから――」  ラジエラは水平線の向こうの町を見やった。夜風にイヤリングが揺れて、星のように瞬く。 「私の脳内の技術を『悪用』するつもりの人間が、やっぱりそれなりにいるから。……だから博士の技術はこのまま、私の頭の中で死蔵して、飼い殺して、墓まで持ってく。誰にも渡さないし、使わせない。それがせめてもの、私にできる贖い。……だから、ずっと島からは出ないでおこうって思ってた。世界の平和の為にもね」  それを聞いて――「なんかごめん俺の為に」とマタイオスは言いかけるが、その言葉より早くラジエラが「でも気にしないで」とキッパリ言った。 「何かあったら、あなたに護ってもらえるから、大丈夫」  目と目が合う。この視点で目を合わせるのは不思議な感覚だ。マタイオスは開きかけていた唇を閉じ、そして、もう一度開く。 「この機体でも戦えるのか?」 「とりあえずヒグマを一捻りできる程度には」 「十二分ですわ……。あーそれから、あんたは変装とかしなくてもいいのか?」 「私の顔と名前は世間に公開してないから知られてない、問題ない」 「そっか」 「……ねえ、ここだけの話、一つだけ言っていい?」  ラジエラが微かに首を傾げる。「なんだ、どうぞ」と男が片手を差し出し促せば―― 「明日すっごい楽しみ」  乙女は小さく笑って、「じゃあお風呂入って寝る」と赤いスカートを翻してコテージに向かった。 「おやすみなさい」と告げる唇、閉まるドア、小さな足跡が砂浜に連なっているのを順番に見て……ふ、とマタイオスは笑った。 「俺も休むかな……『ウドンモード、ゴー』」
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