●3:ドラマティック・ドゥーム

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 空飛ぶリムジン。  文字通り、科学の力で空を飛ぶ車。運転は自動操縦。いかにも高級然としたシックな内装。広いソファとテーブル。細長くした高級ホテルのラウンジって感じ。  多分……乗ったのは初めてだ。同時に、マタイオスは『空飛ぶ車』が人間社会において金持ちだけに許されているスゲエ高級車であることをボンヤリ思い出す。 (空飛ぶリムジンのことを思い出したってなあ……)  もっと優先度の高い『思い出すべきこと』があるだろうに。溜息を吐いた。そう、この子機は溜息を吐くことができる。尤も呼吸は真似事だ、これは機械の身体なのだから。 「溜息なんかはいて、どうしたの。何か憂鬱?」  隣に足を揃えて品よく座っているラジエラが問う。その目は、窓の外の海を眺めている。 「聞くか? くっだらねえ理由だが」  マタイオスは大股開きの品の悪い座り方で 「聞かせて。そんなふうに言われたら余計に気になる」 「……『多分空飛ぶリムジンに乗ったのが初めて』ってことを思い出したんだが、それより先に思い出すべきことがあるだろって自分にウンザリしてたのさ」 「それは……そうかも」  海上に制限速度はないらしい、海の景色が凄い速さで通り過ぎていく。 「まあ、でも、ほら、初めて空飛ぶリムジンに乗れてよかったじゃん」 「それはそうかも……」 「何か飲む? まあ、アルコールは詰んでないんだけど」 「飲み食いできんの?」 「消化吸収はできないけどね。後から内部タンクと口腔洗浄が必要になる。味覚センサーはあるから問題なく味わえる」 「……なんかそれって、食べ物がもったいなくない?」 「そう? 人間だって結局は糞尿として排泄するじゃない」 「いや……それとこれとはこう、違うじゃん。血となり肉となってるじゃん、人間のは」 「味わうだけじゃダメ?」 「うーん……味わえるのはいいことだとは思うけどな……まあ、飲み食いしたくなったら言うわ」 「わかった」  AIの運転手が、まもなく目的地に到着すると告げる。窓から見れば、天を衝くビルが随分と近くに見えていた。  ほどなく、貸駐車場に車を停める。二人は都市に降り立った。都市の中心部からは少しだけ離れたエリアだ。潮風の香り。居酒屋が並んでいるが、まだ日が高いからどれもこれも営業時間外だ。 「えーっと……とりあえず中心部に向かってみっか。それともどっか行きたいとこある?」 「特には。町の風景を感じられたらそれでいい」 「町の風景、か……」  マタイオスは日の眩しさにアイカメラを細めながら天を仰いだ。空を貫き騎乗位させている一際高いタワーを見つめる。 「あれって登れんのかなあ」 「登れる。『記憶』が正しければ展望エリアがある、はず」 「展望台があるのか、ならそっからこの町ぜんぶ見れるぜ。行ってみっか?」 「じゃあ、そうする」 「どうする? 歩いて行くか? それともタクシーでも拾う?」 「飽きるまで歩こ」  そう言って、ラジエラはタワー目指して歩き始めた。「了解」と、男はその後に続くことにした。  足元にゴミが転がる、灰色に暗い路地を抜けて、大きな通りへ――車の音、都市のにおい、ビルの窓々のギラつく眩しさ、行き交う雑踏、電光の看板が極彩色に踊り煌めく。  都市。まさにその言葉が似合う風景。 「……初めて」  思わず立ち止まり、見上げ、見回し、ラジエラが呟く。 「博士の記憶にはこの町のデータがあるけど、実感するのは初めて。……こんなふうなんだね。知ってるけど初めてで……懐かしいけど新鮮で……不思議な感じ」  乙女は胸に手を当て、しみじみと、感慨深くそう言った。それからマタイオスの方を見る。 「どう? マタイオスはこの景色を見て……何かピンときたこと、ある?」 「うーん……」  男は顔をしかめつつ都市を見上げた。「生れて初めて見た! ウワア! ドキドキ!」みたいな感情は湧いてこない。そのことをラジエラに伝えた。 「……ってことは、俺はこの風景を知ってるってことなんかな? この町に住んでたのか……?」 「かもね」  ちなみに。マタイオスが島に来てから、ラジエラはネットニュースやSNS、インターネット掲示板を巡回してくれたのだが、「マタイオスらしき成人男性が失踪した」というニュースや投稿は見つけられなかった。 「とりあえずタワー行くか」、マタイオスはタワーを目印に歩き始める。ラジエラが隣を歩く。  ――町を行く人々の外見は、まさに『十人十色』だ。  遺伝子や組織構造等を無視して肉と肉とを継ぎ合わせる技術、発達したサイバーでバイオなテクノロジーによって、人間はオシャレ感覚で身体改造を楽しめるようになった。これらは『博士』の技術――もとは生体兵器やサイボーグ兵士を造る為のもの――の賜物だ。  たとえば……  アニメみたいに目がデカく、ピンクの髪をしたネコミミの美少女(中身はオッサン)とか。  ファンタジーに出てくるリザードマンのような、青い肌に鱗に尻尾に爬虫類目の者とか。  3メートル近い筋骨隆々の凄まじい巨漢が両腕は機械化されていたりとか。  見るからに若々しい見た目だが、その実年齢は老人だとか。  その技術は外見や種族の違いによる愚かな争いを概ね淘汰した。コンプレックスは失われ、人類の自己肯定感は底上げされ、社会はよりよくなった……と信じられている。 「……博士を罪人と言う割にゃ、使えるものはちゃっかりキッチリ使ってんだなぁ」  千差万別の外見に対し、マタイオスは「そういえばそうだったっけ」といった感情が湧いていた。だが記憶を失う前には抱かなかっただろう感情を、今は抱いている。博士がもたらした災厄は最悪だったが、一方で、人類に与えた恩恵も大きい。 「技術そのものに罪はないもの。包丁は人殺しに使われたりするけど、包丁それ自体に罪はないでしょう。おいしい料理だって作れるんだから」 「捨てた元カレから貢がれたたっけえブランドモノをずっと使ってる感じ」 「ごめんピンとこない」 「あーはい」 「貢いだことあるの? 捨てられた人に、たっけえブランドモノ」 「あ~~~~……」  どうなんだろう、と考えて。  チリッ――と痛む頭。思わず抱える。俯いて目を見開く。 「嘘でしょ心当たりあるの俺」 「……ドンマイって言えばいい?」 「お願いします」 「ドンマイ」 「はい……」  タングステンより重い溜息。
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