●1:ハローサイアク

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 巨大な飛行機……だろうか? 下部に何かをドッキングしている。そして今、切り離した。ボッとブースター点火の光が星のように瞬き、切り離された大きなそれ――巨大人型ロボットは、件の決闘島に降り立ちつつあった。武骨で厳めしく、物々しく、強そうだ……。 「いや……勝てる気しないが!?」  腕っぷしに自信はない、なぜならマタイオスに喧嘩のプロだった記憶なんてない。 「大丈夫、あなたは強いから。機体(ウドン)のスペックは世界一」  ラジエラは当然のように言い切る。そして手招きをした。内緒話のようなジェスチャー……顔を寄せろと言うことだろうか? マタイオスは「秘密の作戦でも教えてくれるのだろうか」と、手に乗せた乙女を自らの顔に近付けた―― 「戦闘モードを起動するね。安全装置を外してあげる」  ラジエラの囁き。きゅっと背伸びするエナメルの赤い靴。――触れる唇。マタイオスの顔に唇という器官はないけれど、人間ならばそれがある位置に。ふわり、柔らかなぬくもり。触れたそこから熱を感じるような、不思議な感覚。 「……え?」 「ごめんなさいね、そういうふうにあなたは造られてるから、こうするしかなくて。我慢して頂戴」  マタイオスがフリーズしている間に、ラジエラは顔を離して彼の鉄の頬にポンと触れた。やはり無表情だが、「急にこんなことをして申し訳ない、嫌だったでしょう」という感情がある気がして―― 「いや! 別に嫌じゃなかったんで平気!」  咄嗟に男はそう言っていた。男女平等が叫ばれる世界だが、それでもうら若き乙女の口付けにはかけがえのない価値と矜持があるものだと感じていた。茶化したり気持ち悪がったりして乙女に恥をかかせるのは男としていかがなものか。……が、発言してから「我ながらキモいことを言った」と羞恥と自己嫌悪がやって来る。  一方のラジエラは。 「そ。ならよかった」  淡く微笑んだ気がした。着飾ったドレスも相まってお姫様のようだ。正直な話――かわいい。掌にちょんと収まるサイズなのが庇護欲を煽る。男の心がじんわりした。だがそれも束の間、 「それじゃあ行って。頑張ってね」  掌から下ろして、とラジエラが促す。ハッと我に返った男は、彼女を砂浜の上にそっと下ろした。 「……俺、勝てるかなあ?」 「戦闘システムはちゃんとオンラインになったから、大丈夫」  言われてみれば、昂るような感覚がある。体の動かし方が不思議と、本能的に、『分かる』。エナドリをキメた時のような、集中状態の感じに似ている。 「信じて。あなたは強い」  乙女はロボットへ腕を伸ばし、グッと親指を立ててみせた。  ……兎にも角にも、ここで勝たねば何もかもが分からないまま終わりになるのだろう。だから彼も、半ば自らを鼓舞する為にも、同じ動作で乙女に応えることにした。  一歩、一歩、鋼の足で砂浜と海を踏みしめ、進む。  進みながら、マタイオスは自分と状況を整理する。  ――まず、自分はどうやら記憶喪失のようだ。名前も過去も分からない。  それは、ラジエラの言葉を信じるなら、どうにも瀕死の重傷を負い、脳にダメージがイっちまったかららしい。  そして、死にかけだったところをラジエラに救われ、脳をこのロボットにナンヤラカンヤラすることで生き延びた。  なぜ瀕死の重傷になり、どういう経緯でラジエラに助けられたのかは分からない。  ここがどこなのかも分からない。……ラジエラのラボか何かだろうか? また、当然ながら、自分のことも分かんねえのにラジエラのことで何か分かることは一つとてない。  今、ラジエラはでっけえロボットに襲撃されている。誰に、なぜ襲撃されているか不明。  かくしてマタイオスという仮名を与えられた自分は、その襲撃者と戦わねばならない、らしい。 「わからない」と「なぜ」で全てが覆い尽くされているが、ラジエラは一段落したら知りえることを話すと言ってくれた。真偽はさておき、彼女は命を救ってくれた。  なら、ここはラジエラの為に戦うことが最良であり、義理ってモンだろう。  考えていたらすぐだった。例の、決闘島は目前だ。 『対戦相手』は分厚い装甲でずんぐりとした人型で、頭部とか肩とか肘とか膝とか拳にメタルなトゲトゲがついていた。なんていうか、重機に棘を付けて攻撃的に改造したような印象を受けた。物々しい雰囲気なれど、見たところ、凶器らしきものは有していない。 「へー、ヒールな見た目しといて、武器は持ってねえんだな」 「条約で武器を持つことは禁止されてるから」  頭の中でラジエラの声が――と驚いたが、そういえば己はロボなので通信か何かか、とマタイオスは判断する。 「条約?」 「忘れてるの?」 「そのようで……」 「ステゴロ条約――私はそう呼んでる」 「ステゴロ条約が正式名称じゃないことだけはすごく分かった」  言葉終わりに、マタイオスが決闘島の砂を踏んだ――その瞬間だ。対戦相手たるトゲロボが一気にこちらへ駆けてくる。タックルの体勢。肩のトゲをお見舞いする気らしい。ブースターを吹かせて猛加速。南国な陽射しにヤバいトゲがギラリと光る。  マズイ、どうしたら――と思ったが、マタイオスは意識がコマ送りであることに気付いた。世界が遅い。いや、違う、己の反応速度が急上昇したのだ。見える、分かる、だからかわせる。 「うお危ねッ……」  そして世界の速さは元通りに。標的をスカしたトゲロボがブレーキを踏む。浅瀬を滑り大飛沫。 (なんだ今の感覚は、戦闘モードってやつなのか!?)  驚きつつも、『分かる』。どう動けばいいのか、完璧なプランが意識にあって、それを容易く身体でなぞれる――マタイオスは腕を構え、踏み込んで、パンチの要領で腕を突き出していた。指は引っ込み、拳部分はせり出した手甲によって厚みのある刺突剣ジャマダハルのようになる。  トゲロボが振り返った。その首の装甲の隙間、マタイオスの刃のような拳が突き刺さる。ガギョッと機械の壊れる音がして、火花が爆ぜて、トゲロボのサングラスのような鋭いアイカメラが明滅して、明かりが消えた。  人間だったなら死んでいる傷。だがロボットなのでまだ動く。拳を振り下ろしてくるので、マタイオスは相手の胴を蹴り飛ばしながら刃を引き抜き間合いを取った。  ここでふっと、不安になることが一つ。
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