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ばつん。
その頃、カニロボの残虐な鋏が『子機』の上半身と下半身を真っ二つに切り裂いた。自動運転モードとなっていたそれは悲鳴一つあげることなく、アスファルトにボトリと倒れ落ちる。
「う」
直前に投げ出されて『緊急離脱』させられたラジエラは硬い地面に転がされた。柔肌がアスファルトに擦れて、赤い傷ができる。
「女ァ~~~~てめえがどこの誰かは知らねえが……恨むならカンダのクソを恨むんだなあ!」
そこへ、無慈悲にもカニロボが足を振り上げる。踏み潰すつもりだ。影が乙女の周りに落ちる。死が迫る――
「オラアアアアアアアアボケコラアアアアアアアアア」
その横合いからだ。マッハで飛んできたウドンが、飛んできた速度のままカニロボにタックルをぶちかます。二機のロボットはドンガラガッシャとビルをこれでもかと薙ぎ倒しながら街を転がった。ビルの人間は避難済みで、大惨事にはならなかった。被害額的には大惨事だが。
「ラジエラ! 無事か!」
ジェット逆噴射で飛び下がり、カンダは単眼のアイカメラでチキッとラジエラを見下ろした。乙女は擦り剥いた腕を抱えて立ち上がりつつ、コクリと頷く。
「っ……すまん、もっと早くついてたらケガしなかったのに」
「ちょっと擦り剥いただけ、綺麗に治せるから気にしないで。それよりも、早く」
「ああ!」
カンダが差し出す鉄の掌に、乙女が乗る。寄せ合う顔――交わす口付け。
戦闘モード起動。
――一方、力二はカニロボで立ち上がりつつ、驚愕の顔を浮かべていた。
「博士の島にいるロボットがなぜここに…… そうか、そいつが博士の娘、『罪の子』か!」
カメラアイでズームして捉えるのは、近くのビルの屋上に下ろされるラジエラの姿。
「あ。バレちゃった」
なんてことない物言いで、ラジエラはカニロボの方を見る。
「うおお……すまんラジエラ……折角隠し通してきたのに」
「いいよ別に。だって護ってくれるでしょ」
記憶が戻って『マタイオス』ではなくなった男は、ある種、自由なのだ。ラジエラの味方をしなくたっていい。……だが、そのことを理解した上で、ラジエラは問いかける。目の前の男の魂の在り方を信じているからこそ。
向けられた好意を無下にできないお人好し。裏表のないピュアな男。だからきっと騙されたりハメられたり利用されたりして、ボロボロになって、島に流れ着いたんだろう。詳細はまだ聞いていないから、ラジエラには想像するしかないけれど。……だけど、そんな彼の魂が、ラジエラは好きだ。それは恋とか愛とかではなくて、もっと永遠で揺るぎない、敬意と絆だ。
「護っても何もここまで肩入れして今更ほっとけねえよ……いいよ、しょうがねえさ、もう俺達ゃ一蓮托生ってことで、そうしよっか」
鉄の顔に表情はないけれど、カンダは心でニッと笑ってみせた。そして――カニロボへと向く。
「いくぜ。『ハイパー最強ゴッド神拳フォーム』!」
いっそラジエラのネーミングセンスにも愛着が湧き始めていた。機体の両拳が巨大なガントレットを装備したかのように変形する。グーパンチで戦うフォームだ。チョキに勝つのはグーやろがい。
「おまえまさか……カンダか!? なぜそんな姿に……どうして博士に協力している!?」
しきん、しきん、と刃物が擦れ合う音を立てながら、力二はコックピットから曇白のロボットを見据えた。
「あいつが俺を地獄から救い出してくれたからさ」
それだけを答えた。カンダは地を蹴り、街のインフラをぶっ潰しながら、真っ直ぐ真っ直ぐ右ストレートを打ち放つ。
「チィッ!」
力二はカニロボの鋏で白い拳を鋏み込んで受け止めた。硬い装甲同士が擦れて火花が散る。
拮抗。カンダはカニロボのパワーに内心で驚く。これまで戦ったどのロボや怪獣よりも力が強い。組織にこんな科学力が? カンダが知る限りはただのマフィア組織だったはず……本当にカンダが下っ端だから何も知らなかっただけなんだろうか?
考え事は隙を生んだ。力二の反対側の鋏が槍のように突き出される。胴に直撃、後ろに押しやられる。今まで大抵の攻撃はかすり傷程度で済んでいた装甲に、ダメージを感じた。
衝撃に手ごたえを感じたのか、困惑続きだった力二は口角をつり上げた。
「コラてめえ調子こいてんじゃねえぞお! 下っ端の脳足りんのドバカがよおおおおおおお!!」
「うっせえなあ! だったらてめえはその下っ端の脳足りんのドバカに負けんだよーーーッ!!」
二機が互いに踏み込み合う。鋏と拳が繰り出され――
「射出ッ!」
カニロボのギミックが発動した。手首から先が射出される。鎖でつながれた鋏が、カンダの首を捉えた。
「ぐうっ!」
「はっはぁ! 今度こそ首チョンパしてやらあ!」
ギッ、と鋏が閉まる。刃が曇白の装甲にめり込む。さっきの人間の姿で首を鋏まれた時とはワケが違う。マジで両断されかねない。
それでも――。カンダは一瞬、後ろで全てを見守るラジエラを見て。
「負けるかよ……特におまえにはなぁああーーーーッ!!」
カンダは力二へ続く鎖を掴み取ると、渾身の力で引っ張った――あまりの力に、カニロボが宙に浮くほど。
「なッ――」
コックピットの力二が目を見開く。その眼下、拳を低く構えた巨人の姿が――
「喰らいやがれえええええーーーーーーッ!!」
ロケットの如く、天へ突き出される拳。それはカニロボの胴体を貫通し、蒼穹に天高く晒し上げた。
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