●4:残念賞で残念でした

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●4:残念賞で残念でした

 かちゃかちゃ、カトラリーの音がする。 「……」  マタイオス(真名カンダ)は、『子機』の姿で何とも言えない顔をしていた。押し黙り、爽やかな居間のテーブルに身体を押し込み、両端にそれぞれ座っているラジエラと力二とを交互に見比べている。ちなみに力二ロボの鋏でバツンされた傷は、ラジエラの手によって綺麗に修復されていた。  白いテーブルクロスの上には……花瓶に活けられた砂浜の花。各人の前に、ボイルされたロブスターが半分に割られたもの、海藻サラダ、巻貝のスープが並ぶ。  これは力二が作ったブランチでああった。ラジエラが「はいこれごはん」と渡した栄養バー……最初こそ「まあ捕虜の身だしな」と文句を言わずに食べていたのだが、流石に3食これとなると、「いやディストピア飯かい!」とキレだしたのだ。 「なんで? 栄養は完全だから死なないのに」 「そういう問題じゃあねえんだよ~~~~~ッッ!」  そんなこんな、力二は「待ってろ」とプンスカしながら海へ向かい……立派なロブスターや巻貝や海藻を獲ってきた。そしてムカムカしながら「キッチン貸せ」と調理場へ向かい――出てきたのが、このコース料理というわけだ。  ラジエラは感心する。「すごいね、お料理できたんだ」「わあ上手」「『私』こんなの初めて食べる」、etc――男からして女が言う「初めて」はこの上ない称賛だ。シェフ力二はムカつくほどのドヤ顔をかまして「男の嗜みですわ」と言っていた。  ……どうにかこうにか魚を捕まえてポワレを作らせたのが精いっぱいだったカンダは、なんか面白くない気持ちがして、巨大ロボ姿のまま砂浜で不貞寝していた。要は拗ねていた。どうせ俺はインスタントラーメンしか作れないゴミですよ。  だがラジエラが「カニくんが3人分作ってくれたから、一緒に食べよ」と言うので、渋々『子機モード、ゴー』してコテージに入ってきたわけである。子機には食事機能がついていた。 「……」  カンダは伏目がちに、左右の力二とラジエラを見る。力二はふわふわカニさんハンドのくせになぜか器用にナイフとフォークを扱っているし、ラジエラも上品が擬人化したような所作である。二人の手元――ロブスターは魔法のように分解され、殻から身を取り外されている。 (くッ……)  震えそうな手でカトラリーを取った。生まれの最悪なカンダはこんなデカいロブスター食べたことがなかった。テーブルマナーという概念とは縁のない生活をしてきたが、手で殻をバキバキやってつまんで食うのが不正解なことは二人を見ていると分かる。  力二は小馬鹿にした目でカンダを見て、フンと鼻で笑った。確信犯だなコイツ……カンダはテーブルの下でソイツの足を蹴った。機械の足は鋼鉄の足。脛に当たれば致命傷。 「うぐおおおおおおおお」  椅子から転がり落ちる力二。ラジエラが「コラ」とたしなめる。 「だって力二が!」 「バカンダが蹴った~~~~! いでえよおお~~~~~!」 「誰がバカンダだバカニ!」 「カニじゃねえ力二(リキジ)だッ……ハァアアアアいってええええええ」  託児所めいた言い合い。ラジエラは溜息を吐いた。 「食事中。静かに。私に声帯切除の迅速な手術プランを脳裏に過ぎらせないで」 「「はい……すいません……」」  力二が椅子に戻り、ラジエラがカンダを見る。いつもの赤ドレス姿の彼女は、カンダの苦々しい雰囲気の理由を察し取り、立ち上がって彼の傍へ。 「貸して。やってあげる」 「いや、でも……」 「私はあなたの頭蓋骨を切り開いたんだから、あなたが食べるロブスターを切り開くぐらい些事でしょ」 「そう言われたらさあ~」  降参だ。ナイフとフォークを渡せば、ラジエラが手早くロブスターの身を殻から取り外してくれる。 「私があなたの見た目より年下の女だから不服?」 「いやっ、そんなワケじゃ」 「まあ脳味噌にはあなた達より年上のおっさんの記憶が刻まれてるんだけどね。こう思うと私のジェンダーってどうなるのかな? 自認は女のつもりなんだけど」 「お……女の子でいいんじゃないかな……」 「そっか」  はいできた、どうぞ。ラジエラはカンダの手にカトラリーを握らせてやると、雅な動作で席に戻った。 「困ったらお互い様だから」  それだけ言って、彼女は食事を再開した。それは力二へ対する「私がカンダを手助けすることを嗤うな」であり、カンダへ対する「困ったら素直に頼れ」であった。 「……おまえらどういう関係なの?」  力二が小声で聞いてくる。「仲間」とカンダが、「友達」とラジエラが、同時に答えた。  ロブスターは美味しかった。カンダにとって力二はムカつく男だが、料理に罪はない。ロブスターはエビとカニの中間のいいとこどりみたいな……ぷりぷりで濃厚で食べ応えがあった。巻貝のスープもダシが染み出して味わい深く、海藻サラダもなんか健康になれそうな味がした。機械の身体で味を感じられるとは思わなかった。  ちなみに『子機』の身体は、消化機能をつけたとラジエラ談。科学の力ってすごい。なおお皿も機械が洗ってくれる。科学以下略。  そんなこんなで食後のティータイム。力二はストレートで、ラジエラとカンダはミルクティーで。窓の外には青空が見える。 「ごはんありがとう、カニくん。おいしかった。ごちそうさまでした」 「……うまかったよ、ごちそうさん」  ラジエラとカンダは素直に礼を述べる。力二はストレートな感謝がむず痒いようで、視線を向こう側に向けた。 「立場上、俺はもう組織には戻れんからな。今俺にできる一番の安全策はここにいることだ。……だからこれはおまえらに恩を売ってるだけだ」 「私の協力者だって世間にバレたら、今度こそ世界的犯罪者になるけど、そこは大丈夫?」  ラジエラがマゼンタの瞳を大男に向ける。力二は鼻を鳴らした。 「ゴタゴタが一段落したら島から出るよ。どっか遠くでどうにかやらあ。……それと、ここの情報を漏らしたりはしねえよ。流石に俺にも義理ってのがある」 「そう。ありがとう」  ラジエラの誠実な対応は、ダーティな場所に身を浸し続けてきた力二にはどうも調子を狂わせるものらしい。何とも返せないまま、力二はカンダの方を見た。 「カンダ、おまえはどうするんだ?」 「え、俺についてこいって遠回しに言ってる? 絶対ヤダ……おまえパワハラモラハラえぐいもん」 「そういう意味で言ったんじゃねーよッ! ずっとこの島で生きてくつもりなのかって聞いてんだ」 「あ~~~……」  将来に対する理性的な計画性。子供の頃からそんなもの欠如している。夏休みの宿題を計画的にやれた経験なんてない。カンダはミルクティーを一口、カップを置いて頭の後ろで手を組んだ。 「別に……生身の肉体はもうないし……まあ、ラジエラの技術があればクローン肉体に脳を移すとかできそうだけど……もう俺はさ、ラジエラの共犯だからよ、将来のこととかよくわかんないけど、とりあえず、納得するまでここにいるよ」 「人間としての普通の生活を捨てられるってのか?」 「別に、これまでだって『普通』じゃなかったよ。生まれた時からさ」  底辺という言葉が当てはまる人生。誰からも敬意を向けられず大切にされず……カンダにとって『普通』とは、どれだけ欲しいと手を伸ばしても届かない、窓越しに見つめる幸せそうなクリスマスパーティーだ。 「俺はラジエラの兵器でいい。……誰かさんみたいにパワハラもねえしな」  冗句っぽく肩を竦めて笑ってみせた。力二は舌打ちをした。 「私はあなたの基本的人権は尊重しているつもりだけれど?」  自分がカンダを道具だと思っている、というのは勘違いだから訂正しろとラジエラは言っている。ので、カンダは苦笑して手をヒラリとさせた。 「こいつは失礼しました――友達だよ、友達」
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