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で、ラジエラと力二は今、空飛ぶリムジンに乗っている。
それを小脇に抱え、ウドンが空を飛んでいる。
下に広がるのは青い海、上に広がるのは青い空――。
「それで、力二、おまえに聞きたいことがあるんだが――」
ここからは回想。力二を確保した直後の時の出来事だ。
あの時は確か夕焼けだった。赤い海の波打ち際――ラジエラがビーチチェアを出してくれたので、力二はそこに座ることで会話に応じることを示した。カンダはウドン姿であぐらに座っており、ラジエラはその膝の上に座っている。
「……クレジットカードの暗証番号以外ならだいたい答えてやるよ。おまえらに恩を売って護ってもらえる方が安全だからな」
力二はしたたかな男だった。カンダが力二を殺そうとしたのをラジエラが止めたこと、『博士狩り』の連中に死者が一人もいないことから、ラジエラが殺人を厭うており、カンダもそれに従っていることを見抜いていた――だからとりあえず自分はこいつらに殺されることはない、そう確信している。だからこそ、「情報を吐き切ったら用済みとして消されるかも」という懸念もなかった。
組織への忠誠心より己の保身……そういう男だよなコイツ、とカンダはある種の安心感を覚える。逆に言うと、得を握らせればこちらの利になる行動をしてくれるというワケだ。
「おまえが操ってたあのデッケェロボットはなんだ? あんなのうちの組織にあったか?」
「……そこの、『博士の娘』を捕らえる為のモンだよ。ラジエラっつったか? あんたの脳味噌には万金以上の――この惑星の歴史をひっくり返せるぐらいの価値があるからな」
「だけどうちにあんなロボ作る技術は……」
「ああ、ないよ。だから買ったんだ」
「どこから? 相当スペック高かったぞアレ」
かの大企業、ゴイスー重工のそれよりもすごかったのだ。アレ以上の企業、ということになるが……。
「あ~……」
力二は少し言いにくそうにしたが、ややあってから観念したようにこう言う。
「『商会』から買った技術だ」
「商会? なに商会だ?」
「商会は商会だよ。名を持たない組織……遥か昔は武器商人だったって話だ。この世の経済を裏から牛耳る連中だよ」
力二の言葉に、意外にもラジエラが反応する。
「へえ、『まだあった』んだ」
その言葉に、「へ?」と男二人が乙女を見る。彼女は溜息を吐いて、向こう側の水平線を見た。
「『博士』がね、生きてた頃に作った隠れ蓑の一つ。自分の身分を伏せて世界中に武器を売りさばく為の。まあ、すごい昔の話だし、今ではもう体制から何もかも変わってると思うけど。……これも因果応報かな。かつて博士が自分の為に造った組織が、『自分自身』を脅かすなんて」
「ラジエラ……」
カンダが心配そうに見下ろせば、顔を上げる彼女はふっと口元だけ笑ませた。
「自虐じゃない、安心して。ただ、皮肉だなあって思っただけだから。あとあのキチガイクソジジイ、マジで面倒なもの遺してくれたなあって」
「こ……こら! 俺が言うのもなんだけどあんまり汚い言葉使っちゃダメだぞ」
「あなたのがうつっちまったのかも」
「ふええ……」
「ふふふ」
指先でカンダの脚をツンとつつくラジエラ。困った様子のカンダ。「イチャついてんじゃねーよ……」と力二は肩を竦めつつ。
「……商会の連中の技術力。ありゃいわゆる博士の遺産か」
「でしょうね。多少はアレンジしてるみたいだけど」
「どーりですげえなと」
などと会話をしている力二は、さっきからなんとも言えない顔をずっとしている。
「どうした力二? うんこしたいのか?」
「ちげえよ!」
カンダに吼え、力二は人間ハンドの方で後頭部を掻いた。
「……実はよ。ここだけの話なんだが。……うちの組織、商会から技術を買うのにスッゲエ金使ってよ。その埋め合わせの為に……横流ししてんだ。秘密裏に。商会の技術の」
「それって悪いことなのか?」
カンダは頭がよくなかった。「そうだねえ」とラジエラが巨人を見上げる。
「だって、力二達の組織が商会の技術を売っちゃったら、商会はビジネスができないでしょ。誰も商会の技術を買ってくれなくなる。だって彼らは既に商会の技術を入手済みだから」
「転売みたいなもんだ。正規顧客に正規会社が正規価格で売れなくなるんだよ」
二人の説明に「なるほどな~!」とカンダは手(マニピュレーター)を打った。
「……あ! じゃあ組織のやってることってメッチャ悪いじゃん! わっる~! ヤバ~!」
「語彙力小学生か?」
力二がボソリと言った。実際、カンダは小卒なので妥当ではある。
「ん? そういやゴイスー重工のビルに力二がいたのを見たぞ……アレはゴイスー重工に技術流してたのか」
「いつの間に見たんだ? ……まあそうだよ」
「わっる~……」
「おめ~~~も特殊詐欺の電話番だの受け子だの運び屋だのやったろ~がクソ犯罪者!」
「俺は詐欺一回も成功したことないもんね~! やーい重罪人」
そんな二人に対しラジエラは、
「罪状マウントバトル? 私も参戦していい?」
「「すいませんでした」」
この女、世界一の犯罪者。
閑話休題。
「……ええと。次の質問だ力二。ボスとサロナの居場所はどこだ?」
カンダの問いに、力二は片眉を上げた。
「それを聞いてどうするんだ? カチコミにでも行く気か?」
「そのつもりだ。……サロナを解放させる。プラス、ラジエラにちょっかい出すのを諦めさせる」
これは既に――力二が目覚める前に――自分が思い出した記憶も含めて、ラジエラに話していたことだ。
かかってくるなら受けて立てばいい、と基本的に考えているラジエラだが、カンダの大切な人が、不本意に囚われて自由を奪われているのなら話は別だ。カンダが「どうしてもサロナを救いたい」と切実な熱意を見せたのも理由の一つである。
カンダはある種、底辺暮らしから抜け出せた。肉の身体は喪ってしまったけれど……それも罪に対する罰だと思えば受け止められる。だがサロナはどうだ? 未だにボスのお人形として消費されている。「自由を知りたい」と言ったサロナに「だったら自由になろう」と連れ出さんとして、自分だけが自由を謳歌しているなんて、カンダにはあまりにも情けなかった。自分自身が許せなかった。ケジメを付けておきたかった。
「商会絡みなのだとしたら、私にとっては身から出た錆でもあるから」
二人の言葉に、力二は観念したように肩を竦めた。
――かくして時は今に戻る。
一同は、ボスの居場所である島に向かっていた。買い取った無人島を、ボスが自宅とした場所である。力二曰く、そこは組織の『技術ラボやメカ用ドック』としての役割もあるそうだ。だからこそカンダのような下っ端には詳しい場所は教えられていない。
「……俺、あの島で待機じゃ駄目だった?」
リムジン内、ボソリと力二が呟く。
「人質アンド道案内役だ。あともしもの時にラジエラを護れ。さもないとおまえの右手は一生ふわふわのカニさんだ」
車内放送でカンダが言う。「ううっ……」と力二が言いよどみ、人間ハンドでふわふわカニハンドをさすった。
「この件が無事に終わったら、カニくんの手を戻して、どこか安全な遠くへ送ってあげるから」
「あんた、つくづくお人好しだよな……。もっとこう、博士の娘っていうんだから、ヤベエ女を想像してたんだが」
「お人好しに見えてるならよかった。ありがとう。善意が肯定されるのは嬉しいね」
「……なあ、本当に『博士』の人格は死んでるのか?」
ラジエラの言動には悪意がない。他者を見下している様子もない。神にも等しい頭脳を持っておきながら……。
「寧ろ生きてたら、……罪悪感も人の痛みも何も感じずに生きられたら、ある意味、とっても楽だったのかもね」
乙女は前髪を掻き上げながら、皮膚と頭蓋骨の下の脳味噌を指先でなぞった。
「あなた、想像したことはある? ある日、目が覚めたら、『自分の知らない自分』が何百万何千万も殺めた殺人者だったとしたら」
「……、」
力二には想像もつかない。ある日突然、自分自身がやったのではない罪が、それも『膨大』では処理できない量が、自分の両肩にのしかかる重みを。だからそれ以上は何も言えない。
「ラジエラはな~~~っ ちゃんと覚悟キメて今こうやって生きてんだ」
自首とか考えたことないのか、とか、そういうのは、もう通過済みなのだ。カンダが車内放送でそう言えば、力二は「はいはい」と視線を窓の外に向けた。
――まもなく、目的地に到着しそうだ。水平線の向こうに小さな島が見えてきた。
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