●4:残念賞で残念でした

3/7
前へ
/39ページ
次へ
 その島は、リゾート地のような様相であった。  個人所有であるのが嘘のように整られ、ゴミ一つ落ちていない舗装された道路が続き、ヤシの木がオシャレに揺れている。道の果てには『大セレブが住む大邸宅』と言われて想像するような、『まさにそういうの』が鎮座していた。  そこは24時間体制で常に『兵士達』が島を巡回し、ボスを護っている。ステゴロ条約に基づき、どんなギャングも銃の類は持っていない。その代わりに彼らはナイフや手斧やチェンソーといった刃物、ゴルフクラブやバールや鎖といった鈍器で武装する。金のあるモノなら身体改造を行い、力二のような姿や怪力を得る。  旧時代では銃器の密造や密輸なんかが良く行われていたそうだが、現代におけるそれと近しい行為は、違法改造手術だ。安全性の為に決められた『ライン』を超えた身体能力やメカニックテクノロジーを付与するワケである。当然、その手術を行う闇技術者や闇医者は重罪人となるのだが。  そんなわけで、物々しいギャング共が、監視カメラや自動巡回ドローンと共に、そこかしこで睨みを利かせている――ハズなのだが―― 「……誰もいない……?」  上空からカメラアイでズームしたカンダは、思わずそう呟いた。  言葉通りだ。島内に、ギャングの姿は一つとてなく……。  ――ここからは、カンダ達が島に来る前のお話……。 「どうもこんにちは」  2メートルの50センチはあるだろうか。白いスーツに黒手袋の細長い男が、船着き場に立っている。  そいつに頭部はなかった。首が中頃までぬっと生えており、断面にはドアノブカバーのように布がかぶせてある。更に肩甲骨のある場所から腕が一対生えている。かなり異形度の高い身体改造者だった。  当然、見張りのギャング共はビビる。何せこいつ、つい3秒前、海面からいきなりバシャアと跳び上がって着地したのだから。なおスーツは濡れていない。そういう特殊な加工が施されているらしい。 「なん――」  だテメエ、と言いかけたギャングへ、首無し男は名刺を差し出した。 「わたくしこういう者です」 『商会』テンバイヤー絶対殺す課 イワシタル  座右の銘:在庫を抱えて溺死しろ 「テンバイヤー……絶対殺す課……?」 「そちらが弊社の技術を転売されたので参上しました、慈悲はない」  言い終わりの直後である。黒手袋の拳が振り抜かれ、見張りの顎先をヂッと掠めた――脳を揺らされた見張りが、くにゃりと地面にくずおれる。彼が持っていたバールがカランカランと音を立てる。  当然、その『蛮行』はカメラやドローンに撮られているワケで。その瞬間、島中にアラートが鳴り響く。ワラワラワラと、ガラの悪い兵士達が現れる。 「転売死すべし慈悲はない」  イワシタルは四本の腕に長い警棒を構えた。襲いかかって来るギャング達に真っ向から跳び込んでいく――普通の腕で、背中の腕で、死角なく無駄のない動作、四方八方の攻撃を次々受け流しては、的確に人体の急所を警棒で打ち据えていく。 「な、なんだアイツくっそ強ぇ!」  イワシタルの異常な強さに兵士達が気付くのに、1分もあれば十二分だった。彼を囲んだ兵士達は怖気づいて攻め込めない。足元には仲間達が白目を剥いて死屍累々。  ……が、ここで逃げれば裏切り者としてボスに殺される。ここにいるのは組織の中でも選ばれた精鋭ばかりだ。誰よりも組織のルールを知っている。 「野郎、ナメやがって!」  ずいと前に出たのは、力二のように激しく身体改造をした者だ。二足歩行のスーツを着た大虎、といった人間を捨てまくっている見た目である。ガルル! と猛獣が跳びかかった。  イワシタルは身を低く、跳びかかる虎の懐へ潜り込むと、長い四本腕で胴体を絡め掴むや、スープレックスのように、獣の顔面を地面に叩きつけた。その勢いたるや――虎の上半身が地面にめりこむほどである。 「そこで地球でもナメてなさい」  さて。イワシタルは明らかにビビって後ずさったギャングらを見た。 「本日ノー残業デーですので、ちゃちゃっといきますね。慈悲はない」 「……ぐ、クソ! 商会め、気付きやがったか!」  島一番の邸宅。広々とした、ザ・セレブな一室。ボスはモニターに映った状況に口元を震わせた。もう嗅ぎつけられるとは思わなかった。「それもこれも力二がヘマをしたからだ」、とボスは責任転嫁をした。  このままではマズい。早急に逃げなくては。ボスは大慌てで金庫に駆け寄り、アンロックし、中の札束を大きなブランドバッグに詰め込み始める。 「おい! サロナ逃げるぞ――」  作業しながら振り返る先には、カウチソファでくつろいでいる美女サロナ。……だが、彼女はいない。代わりにイワシタルが、我が物顔で座っていた。サロナはソファの隅に追いやられ、目を見開いている。 「なッ!」 「そんなに大金をご用意してどちらまで?」 「こ、これは、その」 「結構。知りたいことはもう全て存じ上げております」  ぽん、と膝を両手で叩いて――イワシタルがゆっくりと立ち上がった。その長躯を曲げて部屋に収まる。ボスを覗き込む。 「転売死すべし慈悲はない」 「ばっ! やめっ! ぐわあああああああああああああああ」  その惨劇に、サロナは思わず両手で顔を覆った。……そうして悲鳴が止んだ頃、おそるおそる手を退ければ、閉められた金庫が見えて――その隙間から血が流れていて――イワシタルがボスを金庫へ『丸めて畳んで押し込んだ』のだと理解して、言葉を失った。 「さて――あなたはどうしましょうか」  ゆらり、刺客が振り返る。
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加