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その島は、リゾート地のような様相であった。
個人所有であるのが嘘のように整られ、ゴミ一つ落ちていない舗装された道路が続き、ヤシの木がオシャレに揺れている。道の果てには『大セレブが住む大邸宅』と言われて想像するような、『まさにそういうの』が鎮座していた。
そこは24時間体制で常に『兵士達』が島を巡回し、ボスを護っている。ステゴロ条約に基づき、どんなギャングも銃の類は持っていない。その代わりに彼らはナイフや手斧やチェンソーといった刃物、ゴルフクラブやバールや鎖といった鈍器で武装する。金のあるモノなら身体改造を行い、力二のような姿や怪力を得る。
旧時代では銃器の密造や密輸なんかが良く行われていたそうだが、現代におけるそれと近しい行為は、違法改造手術だ。安全性の為に決められた『ライン』を超えた身体能力やメカニックテクノロジーを付与するワケである。当然、その手術を行う闇技術者や闇医者は重罪人となるのだが。
そんなわけで、物々しいギャング共が、監視カメラや自動巡回ドローンと共に、そこかしこで睨みを利かせている――ハズなのだが――
「……誰もいない……?」
上空からカメラアイでズームしたカンダは、思わずそう呟いた。
言葉通りだ。島内に、ギャングの姿は一つとてなく……。
――ここからは、カンダ達が島に来る前のお話……。
「どうもこんにちは」
2メートルの50センチはあるだろうか。白いスーツに黒手袋の細長い男が、船着き場に立っている。
そいつに頭部はなかった。首が中頃までぬっと生えており、断面にはドアノブカバーのように布がかぶせてある。更に肩甲骨のある場所から腕が一対生えている。かなり異形度の高い身体改造者だった。
当然、見張りのギャング共はビビる。何せこいつ、つい3秒前、海面からいきなりバシャアと跳び上がって着地したのだから。なおスーツは濡れていない。そういう特殊な加工が施されているらしい。
「なん――」
だテメエ、と言いかけたギャングへ、首無し男は名刺を差し出した。
「わたくしこういう者です」
『商会』テンバイヤー絶対殺す課 イワシタル
座右の銘:在庫を抱えて溺死しろ
「テンバイヤー……絶対殺す課……?」
「そちらが弊社の技術を転売されたので参上しました、慈悲はない」
言い終わりの直後である。黒手袋の拳が振り抜かれ、見張りの顎先をヂッと掠めた――脳を揺らされた見張りが、くにゃりと地面にくずおれる。彼が持っていたバールがカランカランと音を立てる。
当然、その『蛮行』はカメラやドローンに撮られているワケで。その瞬間、島中にアラートが鳴り響く。ワラワラワラと、ガラの悪い兵士達が現れる。
「転売死すべし慈悲はない」
イワシタルは四本の腕に長い警棒を構えた。襲いかかって来るギャング達に真っ向から跳び込んでいく――普通の腕で、背中の腕で、死角なく無駄のない動作、四方八方の攻撃を次々受け流しては、的確に人体の急所を警棒で打ち据えていく。
「な、なんだアイツくっそ強ぇ!」
イワシタルの異常な強さに兵士達が気付くのに、1分もあれば十二分だった。彼を囲んだ兵士達は怖気づいて攻め込めない。足元には仲間達が白目を剥いて死屍累々。
……が、ここで逃げれば裏切り者としてボスに殺される。ここにいるのは組織の中でも選ばれた精鋭ばかりだ。誰よりも組織のルールを知っている。
「野郎、ナメやがって!」
ずいと前に出たのは、力二のように激しく身体改造をした者だ。二足歩行のスーツを着た大虎、といった人間を捨てまくっている見た目である。ガルル! と猛獣が跳びかかった。
イワシタルは身を低く、跳びかかる虎の懐へ潜り込むと、長い四本腕で胴体を絡め掴むや、スープレックスのように、獣の顔面を地面に叩きつけた。その勢いたるや――虎の上半身が地面にめりこむほどである。
「そこで地球でもナメてなさい」
さて。イワシタルは明らかにビビって後ずさったギャングらを見た。
「本日ノー残業デーですので、ちゃちゃっといきますね。慈悲はない」
「……ぐ、クソ! 商会め、気付きやがったか!」
島一番の邸宅。広々とした、ザ・セレブな一室。ボスはモニターに映った状況に口元を震わせた。もう嗅ぎつけられるとは思わなかった。「それもこれも力二がヘマをしたからだ」、とボスは責任転嫁をした。
このままではマズい。早急に逃げなくては。ボスは大慌てで金庫に駆け寄り、アンロックし、中の札束を大きなブランドバッグに詰め込み始める。
「おい! サロナ逃げるぞ――」
作業しながら振り返る先には、カウチソファでくつろいでいる美女サロナ。……だが、彼女はいない。代わりにイワシタルが、我が物顔で座っていた。サロナはソファの隅に追いやられ、目を見開いている。
「なッ!」
「そんなに大金をご用意してどちらまで?」
「こ、これは、その」
「結構。知りたいことはもう全て存じ上げております」
ぽん、と膝を両手で叩いて――イワシタルがゆっくりと立ち上がった。その長躯を曲げて部屋に収まる。ボスを覗き込む。
「転売死すべし慈悲はない」
「ばっ! やめっ! ぐわあああああああああああああああ」
その惨劇に、サロナは思わず両手で顔を覆った。……そうして悲鳴が止んだ頃、おそるおそる手を退ければ、閉められた金庫が見えて――その隙間から血が流れていて――イワシタルがボスを金庫へ『丸めて畳んで押し込んだ』のだと理解して、言葉を失った。
「さて――あなたはどうしましょうか」
ゆらり、刺客が振り返る。
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