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「や、やっぱり誰もいない」
時は戻り、カンダ達はボスの島へと到着する。念の為、空飛ぶリムジンは空中待機。カンダがウドンの姿で用心深く着陸した。
「あちこちに血痕がある。争った形跡も……」
ウドンの視界を端末で共有しているラジエラが、すぐさま分析結果を送った。
「馬鹿な、この島が制圧されたってのか!? 『商会』の技術で強化改造した兵士だっていたんだぞ!」
力二は信じがたい様子で、窓にかぶりつき島を見下ろす。だがやはり、ひとっこひとりの影もなく。男は苦々しく呟いた。
「……もしかしたら、商会にバレたのかもしれん」
「ああ……そういえば。『博士』がいた時代の話だけど、商会にはテンバイヤー絶対殺す課があったから――もしかしたらそういう系統の社員がやったのかもね」
ラジエラが力二の言葉に頷く。「ふーん」、と聞いていたカンダは他人事の様子だ。
「つまりうちの組織が因果応報でやられちゃったってコト? 俺がどうこうするまでもなかったな!」
だったらやることねえわと引き返そうとするカンダだったが。
「いや待て! サロナ! サロナは無事なのか!? スキャニーーング!」
踏み留まって振り返る。声紋認識でスキャン機能を起動する。生体反応を探した――ピピピピピ――どうやら島にいた『兵士達』は、地下に丸ごと押し込められているようだ。しかも負傷状態で転がされている。やっぱり何者かに制圧されたと見て間違いないだろう。
視線を巡らせる――ボスの邸宅にも生体反応あり。屋根の上だ。白スーツの細長い変な男――イワシタルが、美しい女を片手で掴んでいる。
「サロナッ!」
「その声……カンダ?」
蕩けるように甘い声だ。だが長い腕に掴まれ、わずかな苦悶が混じっている。
「てめえ! サロナを離せッ!」
カンダは背面にブースターを展開すると、一気にサロナ達の元へ――途中の木々や建物を風圧でぶっ壊し――手を伸ばすが――
「わたくしこういう者です」
イワシタルが大量の名刺をカンダの顔面へ投擲、アイカメラに貼り付けまくる。「ぬわっ」とカンダが怯んだその瞬間だ、イワシタルが立っていた邸宅の下から――邸宅をぶち壊しながら――巨大な何かがイワシタル達を乗せて勢いよくせり上がる。瓦礫が飛び散り土煙が巻き起こる。
現れたのは、巨大ロボットだった。そこはかとなくウドンとシルエットが似ている。細身で、どこかエイリアンめいた物々しさ、単眼。違う点は色が黒いこと、そして背より翼が生えている――よく見ると腕だ。翼のような腕が折り畳まれているのだ。
「な、なんか、ウドンと似てねえか?」
アイカメラを綺麗にし、飛び下がって距離を取るカンダは狼狽する。すぐさまラジエラの声が返ってきた。
「商会製の……博士が残したデータの代物だと思う」
「俺みたいにスライム状なのか? ……倒せるのか?」
「あなたもそうなんだけど再生にはエネルギーを使う。だから――再生するエネルギーが枯渇するまで破壊し続けるしかない」
「え……ヤバくね?」
「大丈夫。スペックはあなたが上。だってアレは博士が過去に残した遺物の猿真似にすぎないもの。あなたは正真正銘、私が今なおアップデートし続けてる世界最強のロボットだから」
いつもの淡々とした物言い、しかしキッパリとラジエラは断言する。揺るぎない自信がそこにあった。
自らの強さがラジエラの技術によるものだと自覚しているとはいえ、そう励まされるとカンダの心に勇気が湧く。だがしかし――
「……問題は『アレ』をどうするかだな」
声は苦い。カンダが見据える先――イワシタルロボは、片方の腕のマニピュレーターでサロナを掴み、まるで「この紋所が目に入らぬか」と言わんばかりに見せつけている。人質というワケだ。そしてイワシタルはといえば、とぷんとロボの中に沈み吸い込まれる。『搭乗』したのだ。
「カンダさん、そして博士の娘ラジエラさん、組織の力二さんですね。あなた方が来ることは分かっていましたよ。こちらへ向かわれる姿を衛星カメラで確認していましたから」
「そーかい、ありがとよ。で……何のつもりだ? 女を盾にしやがって」
「おっとその発言はポリコレ的によろしくありませんよ、男でも女でも命は平等なんですから」
「うるせえな揚げ足取ってんじゃねえッ! サロナを離せって意味で言ってんだ!」
「まさかまさか。コレ人質なのが分かりません? あなたの元カノさんでいらっしゃるのでしょう」
「てめっ――」
「抵抗すればゆっくりと握り潰します。ゆっくり、ゆっくり、骨をひとつずつ折りながらね、じっくり丸めてお団子にしちゃいます」
デモンストレーション。イワシタルはマニピュレーターにほんの少しだけ力を込めた。「ううっ」とサロナが呻く。
「カンダっ……お願い、助けて……!」
「やめッ やめろてめえコラァ!」
吼えるように叫ぶ一方で、身体は指先ひとつ動かせない。その従順を良しとして、イワシタルは手の力を緩くした。ぐったりとサロナは顔を蒼くしている。カンダは憤然たる思いに拳を握り込んだ。
「あなたをバラバラに解体したらちゃんと彼女は解放しますよ。ご安心を」
イワシタルは空いている3本の手をドリルに変形させる。掘削機なのでステゴロ条約には違反しない理論。高速回転する『凶器』がキィーーーンと嫌な音を立てる。まるで歯医者だ。それらが動けないカンダに突き立てられる。火花が散る。
「そうまでして俺を殺したいのか」
踏ん張って耐えながら、唸るようにカンダは尋ねる。ドリルの一本が肩口貫通した――その拍子に右腕が千切れて落ちる。
「世界平和の為ですよ」
淀みなく答えつつ、イワシタルは攻撃を止めない。カンダの装甲を削り続ける。
「ラジエラさんは博士の技術を継承している――この世界を滅亡させかけた大犯罪人の禁忌の叡智をね。なのでここで捕縛させて頂きます。その為には、カンダさん、あなたが邪魔なので、こうして人質で効率的に動きを封じているワケですね」
「ッ――野郎ぉおおお~~~~~~!」
ラジエラを否定され、怒りに脳が熱くなる。だがサロナを盾にされて何もできない、もどかしくて腹立たしい。それでも「黙れ」とは言われていないから、カンダは身体を抉られながらもめいっぱいの声を張った。
「ラジエラはなぁ! いいやつなんだぞ! 俺を助けてくれた――大事なロボットの中に組み込んでさ! 人を殺すことは絶対にしないし、律儀で誠実で……優しいんだぞ! 自分がやってもない罪を一生懸命に贖おうとしてて……それでも生きていたくて、投げ出したりしなくて……一生懸命にがんばって生きてるんだぞッ! いいやつなんだぞーーーーーッ!」
「そうは言われましても、博士が犯した罪は消えませんよ」
イワシタルの言葉終わり、カンダのもう片方の腕も千切れて弧を描き、ヤシの木を薙ぎ倒して地面に落ちた。抉れた痛々しい断面が覗く。火花やオイルが漏れることはないが、断面の端から血のようにしろがねの液体金属が滴った。ウドンの機体を構成している生体金属だ。
カンダは痛みを感じない。だが心は痛む。ラジエラの心の痛みを――世界中の、顔も名前も知らない他人からこうやって一方的に生を否定されることを想うと――胸にナイフを突き立てられたような気持ちになるのだ。
「ラジエラは何も悪くねえ!」
叫んだ。――その顔は、イワシタルに蹴り飛ばされる。
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