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「っ……」
上空で見守るラジエラは、静かに唇を噛んだ。カンダから「大丈夫だからそこにいろ、俺を庇って出ようとするんじゃねえぞ」と通信が入っていた端末の上で手を握り込む。ウドンのスペックは信じているけれど、ああして嬲られているのをただ見ていることしかできないのはもどかしい。変に手出しをしてサロナという女に危険が及ぶ事態も避けたかった。
事態を、同じリムジンにいる力二は黙って見ていることしかできない。「あんな女気にしないでやっちまえよ」とか「なんか策はねえのかよ天才博士」とか、言えるはずがなかった。
「どんな犯罪者も罪を否定するものですよ」
蹴り飛ばされて倒れたカンダの顔面を、イワシタルが踏みつけてにじる。「そうでしょう?」と手のサロナにたずねた。すると彼女は――
「……カンダは、ラジエラって子のことが好きなの?」
おもむろに、そんなことを問う。あまり予想していなかった発言にカンダは虚を突かれた。
「え? ああ……まあ……嫌いではないけど」
「あたしとどっちが好き?」
食い気味に被せてくる。まさかサロナがここで喋りはじめるとは、イワシタルも想像していなかったようで、驚いた様子で手の彼女を見ていた。おかげさまで攻撃が止まっている。カンダは困惑しつつこう答えた。
「いや、そんな……優劣つけられるもんじゃないよ」
「ふーん。もうあたしが一番じゃなくなったんだ。じゃあ、もういいや」
その声はどこまでも渇いていて――好きでも嫌いでもない、興味関心を完全になくした目で、サロナはカンダを見つめていた。
●
「さて――あなたはどうしましょうか」
これは、イワシタルがボスを金庫に詰めた直後の話。ゆらり、刺客はサロナへと振り返った。組織の人間に対して容赦をするつもりはなかった。ボスと似たような目に遭わせるつもりだった。
だが。
――イワシタルは怖じ気た。
全身の骨を砕かれた男が詰められている金庫を見つめているサロナの、言葉を失うほどゾクゾクとした愉悦の笑み。人間がこんな顔をできるなんて――悪魔が実在するのなら、きっとこんな顔をしているのだろう。
この女、ヤバイ。イワシタルの本能がそう言っている。コイツ、ただの情婦じゃない。
時間にすれば5秒もなかった。だがイワシタルには妙に長く感じた。金庫を見つめたまま、イワシタルのことなど眼中にないサロナへ、刺客はそっと声をかけてみる。
「あなたのボスが『こう』なったのに嬉しいんですか?」
「……『こう』なったから嬉しいの!」
ぐり、と虹色の瞳孔だけがイワシタルを見た。恐ろしいほどつり上がった唇は、人外めいた恐怖感を見る者に与える。
「ねえ、あたしね、あたしのことが大好きな男がメチャクチャな目に遭うのが好きなの。あーあ……」
「お~……それはそれは、トンデモなヘキですねえ」
「しょうがないじゃない、だって興奮するんだから。ねえ聞いてよ! ちょっと前にもね、面白い子がいたの。カンダっていってね、あたしにすごく夢中になってくれて。あたしが欲しいって言ったもの、なんでも買ってくれるのよ。お金ないのにね。食費まで切り詰めちゃって。仕事が忙しい時に『自由が知りたい』って愚痴ってみたら、なんだか勘違いしちゃったみたいですごく張り切っちゃって!」
隙あらば自語り。本当に自分第一な女である証拠。サロナは嬉々として、イワシタルの事情もお構いなしに話を続けた。
「それでね、カンダったら、二人で逃げようって言ってきたの。だからあたし! もちろんボスに報告したわ! だってあたし、一応はボスの愛人やってるんだもん。ボスもあたしの顔が大好きだからさ。そしたらボスはもうブチギレちゃって! 嫉妬深いの、ダーリンったら」
「……それで、カンダ氏はどうなったので?」
カンダ。その名前はイワシタルも存じ上げていた。この組織の下っ端だった男だが、なぜか『罪の子』のロボットになっていた奴だ。まさかこの女の口から聞くことになろうとは。ソファの隣に座りつつ、刺客は彼女の言葉を促してみた。
「ボコボコにされて海に捨てられちゃった。まあ生きてたんだけどね。こないだ知った」
「ほう、ほうほうほう。――そのカンダさんがもうすぐこの島に来られますよ。どうでしょう、お嬢さん。彼の絶望、もっと見たくはありませんか?」
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