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それから。
カンダは最寄りの警察に通報し、ギャング共とサロナを一網打尽に逮捕させることにした。彼らが逃げないよう、船やヘリなどはぶっ潰しておく。
サロナは終始、完全にカンダに興味関心をなくしており、何かを話しかけてくることも、目を合わせることもなかった。つまらなさそうに、退屈そうに――カンダの気が変わればいつだって握り潰され殺されるかもしれないという危険性を考慮すらせず、あるいは死を全く恐れていないのか――曝け出されたサロナの本性は、カンダの心を深く抉った。
「……いいの? 何も言わなくて」
ラジエラが通信で問いかけてくる。いつもの口調だが、どこか心配げに聞こえた。
「いいんだ。……もう、いいんだ」
あんな女を好きになった俺がバカだったよ。ただそれだけの話なんだ。――とは、心の中だけに留めて。
「ここでムキになって八つ当たりとか復讐とか、そうやってサロナに『夢中』になった方がアイツは喜ぶ。だから俺はもう、これ以上、サロナに何も関心を向けない」
それが精いっぱいの『仕打ち』だ。船をまた一つ握り潰して、カンダは言った。
「アイツなら然るべき罰を受けるさ」
組織の島から出る時――ラジエラの端末を使って――力二がそう励ましてくれた。「そういうおまえも犯罪者じゃねえか」とカンダは返す。
「俺はもう犯罪からは脚を洗うよ」
「今までの分のを償えよ」
「捕まったらそうするさ」
「ていうかついてくんのかよ」
力二はしれっとリムジンに乗りっぱなしだ。「ほとぼりが冷めてからのが安全だからな」と悪びれない。まあ、正義のヒーローを気取るつもりもないので、わざわざあえて裁こうとも思わない。というか今、カンダはありとあらゆる気力が削がれていた。
――根城の島に到着した頃には夕焼けになっていた。
夕日の沈む海はいつだってメランコリーだ。
いつもの波打ち際。いつものコテージを背景に、カンダは体育座りで水平線を見つめている。
なおイワシタルは捕縛して連れて帰った。今後、商会とのいざこざで何か使えるかもしれないからだ。今は波打ち際に埋められて首だけが出ている。
「波がっ 波がぁあああっ あぶぶぶぶ」
波が打ち寄せる度に、イワシタルの首が水没する。水責めになっている。
「そろそろ勘弁してあげたら?」
コテージから出てきたラジエラが、砂浜に赤い靴の足跡を残してやってくる。
「うん……」
体育座りのカンダは生返事だ。島に到着してから、彼はずっと凹んでいる。頭では「しょうがないさ」と分かっていても、それに心が付いてこないのだ。一途に愛した女から裏切られて遊ばれて嗤われていた――挙句に向けられたのは無関心。傷つかない方が無理という話だ。途方もない虚しさで、カンダは何も考えられない。
「こ! こんなことをして! アレですよ! がぼぼっ……全面戦争ですよ、商会との!」
「うん……」
「聞いてるんですかー!? ボエッ……」
波に虐められながら、イワシタルは必死だった。しかし返ってくるのは「うん……」という生返事だけで。
「おいカンダァ! 飯できたけど食うんかワレ!」
コテージの窓から顔を出した力二が怒鳴る。すっかりこの島のシェフに就任したこの男は、白いエプロンにコック帽を身に着けていた。
「うん……」
しかしやっぱり生返事。声は心に届いていない。
ラジエラはカンダの傍に歩み寄り、その大きな足にそっと掌を添えた。
「ねえカンダ、カンダったら。一緒に食べない? 食べようよ」
「ん、あ……ううん、いいよ……俺ロボットだから、食べなくても、死なないし……」
「そうだけど……でも……」
「心配してくれてるんだな、ありがとう。優しいな……俺は大丈夫、大丈夫だから……食ってきていいよ……」
カンダはラジエラを見下ろし、ひらりと手を振った。そうなってしまったらもう、ラジエラは何も言えない。
「相当重傷だな。……そっとしといてやるか、流石に哀れってモンだ」
力二がコテージから出て来て、ラジエラに小声で言う。「そっとしといてやるのも気遣いの一つだぜ」、と。優しさではなく時間でしか治せない痛みもあるのだ。
「……、わかった」
一度俯き、ラジエラはカンダを見上げる。
「カンダ、いつでもおいでね。子機は居間にいるから」
「……ありがと……なんかごめんな」
「ううん、謝らなくていいよ」
そうして、ラジエラは何度も振り返りながらコテージに戻っていった。
波の音だけがカンダの感傷を包む。
ざざーん……。
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