●1:ハローサイアク

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「……そういえば中の人(パイロット)とかいるのかよ? これコックピットぶっ壊しちまったら殺人じゃねーか」  まだトゲロボが動いているから、少なくとも殺人を犯してしまってはいないようだが。 「分析してみたけどAIによる自動操縦タイプ。好きなように殴っていい」  ラジエラの通信。マタイオスは心底ホッとした。 「そーかい、それじゃあ遠慮なくやらせてもらうぜ――ところで俺に武器とか兵器とかないの?」 「ステゴロ条約に基づいて火器類はないよ。でも肉体言語的な必殺技ならある」 「おお! どうやるんだ? ボタンでも押すのか?」 「必殺技を使うぞーって意識したら、心の中から必殺技名が浮かび上がってくる。それを大きな声で叫んで」 「……技名叫ぶの? そんな……アニメみたいな……」 「声紋認証システムだから。いちいちボタンとか押すの面倒でしょ。あとかっこいいし」  なんてやりとりの間に、蹴り飛ばされていたトゲロボが起き上がる。首が半分取れた状態なのを真っ向から見るのは、なんだかゾンビを相手にしているようなおぞましさと哀愁を感じさせた。  自動操縦だから、と言われているが、変に痛めつけるのも気が引けた。マタイオス自身がロボットだから、これは同情めいた憐憫というやつだろうか。とかく、「これで決める」と人間だったなら深呼吸をしただろう。――身構える。 「……」  が、沈黙。トゲロボのタックルや棘付きパンチを回避、あるいはいなし続ける。巨大な質量が空を切る、当たると確実にヤバイ音がする。 「使わないの? 必殺技」  ラジエラの不思議そうな声。 「いや、使う、使うけどさ」 「けど?」 「この……必殺技名……」  なんてまごついている間に、とうとうマタイオスはトゲロボに組み付かれてしまった。メキメキメキ、と機体にトゲロボのトゲが食い込んでいく――このまま圧迫されては、装甲に穴が開くかもしれない。  窮地はそれだけではなかった。 「マタイオス、そのこ自爆する気みたい」 「なにぃ!?」 「必殺技を使って抜け出すことを推奨するけど」 「~~~~っッ わかった! わかった使う! 使うって! ――『覇王必殺暗黒邪龍星落とし』ィイイッ!!」  なんだこれは。なんなのだ一体。中学生がノートに書いた必殺技とでもいうのか。マタイオスは恥ずかしさで爆発するかと思った。ヤケクソだった。  そんな感情はさておき。マタイオスの機体がズルリと――まるで水銀のように不定形に『溶けた』かと思えば、沈んだ弾力を使って上へと跳ね上がる。それは上空、青空の中で石灰石色の球体となって……トゲロボの頭上から落下という強襲を行った。  言ってしまえばボディプレス。だがシンプルなだけに強烈。決闘島にクレーター。プレスされて壊れたパーツが飛び散った。  ギギ……とトゲロボが地面とマタイオスの間で微かに動き、そして。  閃光。  爆発。  結局自爆するのかよ。マタイオスを轟音と爆風とが包み込み、球体から元の人型へ戻りつつある彼は衝撃波に吹っ飛ばされた。キノコ雲。激しく波打つ海面。  マタイオスは気絶することなく、浅瀬にざぶんと着地した。頭にコンッとトゲの欠片がぶつかる。そこを擦りつつ、彼は自分の身体を見渡した。傷は見当たらない。 「すげえ……無傷だ……」 「ウドンは生体液体金属だから。柔らかいから壊れないの。生き物のように自己再生機能もあるし。それから発電粘菌の要領でエネルギーも自分で賄えるから」 「へ、へえ~……」  科学に関してはまるでピンとこないので、マタイオスはラジエラの声に曖昧に頷いた。「多分、俺は科学者でもなければSFファンでもないんだろなあ」と思いながら。 「それで――俺は勝ったのか?」  自分の肩にへばりついていた海藻を指先でつまんで海に返しつつ、マタイオスはでっかいクレーターができてほぼ半壊した決闘島を見た。例のトゲロボは完全に木っ端微塵に砕けていた。 「うん。帰ってきて。――『ご苦労様』」  ラジエラの言葉で、マタイオスは昂るような感覚がフッと鎮まったのを感じた。戦闘モードを解除されたようだ。 (戦い終わりのパスワードが『ご苦労様』、か)  マタイオスは、動かすことのできない鋼鉄の顔でフッと笑った。
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