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都市に到着したのは夕方だった。力二とイワシタルと別れ、カンダは都市を走る。街頭のモニターには、商会が博士の島の攻略に失敗したニュースがセンセーショナルに流れていた。
もうこんな時間だ。そろそろ花屋も閉まってしまうかも。急がねば。キョロキョロと大通りを見渡す。そうすれば――あった。駆けこむ。「すいませんこれでこれをあるだけ包んでください」、力二に泣きついてもらった札を一枚。
――花束を抱えて花屋を出る。美しい夕焼けが見える。街頭モニターは専門家を呼んで、商会の失敗についてあーだこーだ言っている。夜にはバラエティが始まることだろう。
ぼうっと、色が変わっていく空をビルの隙間から見上げて、カンダはあれこれ考える。ラジエラのこと。自分のこと。世界のこと。過去のこと。将来のこと。夕日はどうして心をセンチメンタルに染めてしまうのだろう。
豪奢なフリルのような花びらの、マゼンタピンクの花束。ラジエラの瞳と同じ色の花。それを抱え直して、カンダは自分にこう言い聞かせる。「きっとうまくいくさ」。
そうして、カンダは空飛ぶリムジンに一人で乗って、件の島に戻って来た。普通に上陸できたが、『関係者』でなければ妨害の力場にたちまち乗り物が静止してしまうのだろう。
水平線の向こう、夕日が半分ほど沈んでいる。凄まじい赤さで輝いている。コテージも砂浜の穴も元通りで、数時間前に襲撃されたのか嘘のように、景色は何もかもが元通りだった。
「おかえり」
ラジエラが綺麗になったコテージから現れる。赤い靴で足跡を残し、歩いてくる。だからカンダも歩き始めた。「ただいま」と言いながら。
「ラジエラ、これ――」
そうして差し出す花束。乙女が足を止め、鮮紅色の花を見つめ……ふっと笑って目を細くした。
「カンダ、これ、バラじゃなくてトルコキキョウ」
「……え?」
「ほら、葉っぱの形が違うし、香りも違うでしょう。花は確かに、よく似てるけど」
「ウソ……」
「ふふふ。でも、ありがとう」
「ごめん! すぐ買い直してくる!」
「いいよ、これでいい。これがいい。なんだかあなたらしいミスでかわいらしいもの」
ラジエラは花束を受け取る。大切そうに抱え、柔らかく微笑み、伏目に鮮やかな色を見つめた。
「……ありがとう。嬉しい。忘れない」
「俺ってばカッコ悪い……」
「いいよ。そういうところがきっとあなたの魅力だから」
ニッと笑った。いつもはかすかな笑みしか浮かべないラジエラが、天真爛漫な少女のように、笑った。夕日に照らされて、トルコキキョウを抱える彼女は、信じられないほど愛らしかった。
「ごめんね、私、恋愛とか性愛とか分からない。だけどね、友愛は確かに感じてる」
「うん、……サロナのことがあってさ、愛の恋だのってなんだろうって思っててさ、……でもさ、俺思ったんだ、恋は冷めるけど友情って冷めないんじゃないかって。だから……ラジエラ、これからもよろしくな。ずっと友達でいてくれよな」
「もちろん」
二人は手を差し出した。橙色に煌めく海を背景に、逆光の手が、握手を交わす。
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