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――時を長めに巻き戻す。
「なあ力二、イワシタル、ちょっと話があるんだが」
それはラジエラへバラと思ったトルコキキョウを渡したあの日。空飛ぶリムジンで、力二とイワシタルを乗せて都市へ向かっていた時のこと。商会の大襲撃を退けた後のこと。
「話?」
力二とイワシタルがカンダへ注目する。男は真剣な顔でこう言った。
「俺、人類の敵になろうと思う」
「既にそうじゃねーか」
力二が即答した。「そうだけど……」と出鼻を挫かれたカンダはしょっぱい顔をしつつ。
「いいから聞けよ。俺が巨大ロボの姿で都市とかで大暴れするだろ。人類がえらいことになるだろ。それをラジエラが人類と協力して止めたら、ラジエラは人類に正義の人として受け入れられねーか?」
「おまえの暴走がラジエラのせいにならねえか? そうなったらおまえの罪がそのままラジエラにシフトするだけだぜ」
「ラジエラが善意で助けた男が、恩を仇で返すようなクソ男だったってシナリオはどうだ?」
ふむ、と力二が手持ち無沙汰にふわふわカニハンドをもふもふする。
次にイワシタルが四本腕でやれやれと肩を竦めた。
「人類と協力って言ったって、そう簡単にいきますか?」
「だからおまえら商会に頼みたいんだよ、その仕事を。おまえらからすれば、ラジエラと協力することであいつの保護ができる、あいつの技術が手に入る。喉から手が出るほど欲しいモノだろ? それこそ、あの島に攻め込んできたほどにさ」
「……仮にそうなったら打診はしてみますが、わたくしにはそこまで権限がないことはご了承下さいね?」
イワシタルの言葉に頷いて、カンダは力二の方を見た。
「世間の意見がラジエラに好意的に動くように、力二にも手伝って欲しい。偉い人間とのコネならいっぱいあるだろ? ゴイスーのとことか」
「……組織はもうないぞ? ボスがやられて散り散りだ」
「組織がなくてもいい、おまえらが押さえてる偉い奴らのユスりネタはまだあるだろうが」
「俺にメリットは?」
「一人の女の子が平和に暮らせる。それ以上のメリットがあるか?」
力二は黙って溜息を吐いた。
「それで、おまえはどうなるんだよ?」
「……それは、……」
言い淀む。やはり、といった様子で力二は脅すように続けた。
「死ぬつもりか? ラジエラには技術っつー『生かされる理由』があるが、おまえにはそんな価値はないぞ」
「分かってる。もともと死んでた命なんだ。ラジエラの未来の為に使えるなら安いもんだ。それに……他に方法があるのかよ?」
カンダの言葉に、力二とイワシタルはチラと視線を交わした。
「こっちの準備が整ったら動き始める。そんなすぐにはならんと思う。……頼んだぞ」
力二達が思うように動いてくれる保証はない。不確定要素しかない。だが、カンダには賭けるしかなかった。それぐらいしか、もう思いつかなかった。
――そしてカンダは備えた。
ただ暴れるだけではラジエラに機能停止させられてしまう。そうならない為の策が必要だった。だからウドンの情報を『勉強』したのだ。ラジエラが自身の研究に没入していて、その勉強を訝しがられることがなかったのは幸いだった。
そうしてカンダは除去されていない自分の機能について学び、博士が動けない時などの緊急独立行動用コード――ほとんど全ての外部入力を受け付けなくなる機能――を知る。
奇しくも。
『そこ』に辿り着いた次の日に、ラジエラはカンダを人間に戻す技術を完成させた。「間に合ってよかった」――そう思いつつ、カンダはラジエラを電気ショックで気絶させたのだ。
緊急コードの起動条件の一つは、『博士』の行動不能状態を確認すること。砂浜に横たえられ、魔女に呪われて眠れる美女のようなラジエラを見つめ、カンダは自分の中に隠されていた暴走の為のスイッチを押した。
――もう、「ご苦労様」と言われても止まることはない。
最初に彼は博士のラボを破壊した。発電機能と戦闘力を合わせ、地面に手を突っ込み、『天井』を引き裂き、ありとあらゆる機材を握り潰し、踏み潰し、殴り壊し、電流を流してぶっ壊し、叩き潰した。
この島が、ラジエラを縛り付ける鎖なのだ。呪いなのだ。博士が遺した忌まわしい罪なのだ。
こんなもの、なくなってしまえばいい。こんなもの、壊れてしまえばいい。
どうしてラジエラが全てを背負わねばならないのか。もうこの世にいない男の因果を。理不尽だ。不公平だ。世の中にはもっと悪辣でクズな人間がゴロゴロ転がっているというのに。
許せない。
許さない。
もしもカンダがロボットではなかったなら、その顔は修羅の如くだったろう。
ロボットは表情を作らない。無言のまま、ラジエラを閉じ込める『鳥籠』を壊し続けた。
そして、ラボを壊滅させたカンダは。
「究極アルティメットスカイフォーム」
場違いなほどの必殺技名を淡々と口にする。背部より科学の翼を生じさせ、カンダはマッハで島から飛び立った。壊れた施設と眠れるラジエラだけを残し、どこまでも深い青空の彼方、瞬く間に見えなくなる。
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