6人が本棚に入れています
本棚に追加
ラジエラは波打ち際で待ってくれていた。「どうも」と会釈に片手を上げれば、乙女もひらりと応えてくれた。
「えーと……メンテナンスとか要るのか?」
「ううん、大丈夫。ノーダメージだから。それともどこか具合の悪いところある?」
「いや全然。強いて言うなら記憶喪失なんだけど」
「それはどうしようもない」
ラジエラは踵を返すと数歩、手をパンパンと叩いた。まるで使用人を呼ぶような。そうすれば彼女の傍らの砂が四角くガコンと凹み、パラソルとビーチチェアとサイドテーブルがせり出したのだ。テーブルには温かな紅茶が湯気を立てていた。
「ごめんなさいね、あなたサイズの椅子は流石になくって。その辺にでも座って頂戴」
そう言って、赤いドレスの乙女はビーチチェアに優雅に腰かけた。ダークブラウンのストッキングに覆われた、すらりとした脚が見える。
促されたので、マタイオスはその場にゆっくり座ることにした。なんとなくの体育座り、巨躯をコンパクトに収める。
「この島はアンタのなのか?」
「そうね。正しくは『前世の私』の、とでも言いましょうか」
「前世ぇ?」
「改めて自己紹介するね」
ラジエラは紅茶を一口、パラソルの下からマタイオスを凛と見上げた。
「私の名前はラジエラ。五十年前の世界大戦の最大戦犯『博士』が創った人造生命体(バイオノイド)。本当は老いた博士が人格移植して転生する為の肉体だったんだけど、移植が失敗して博士の人格は消滅、記憶だけが客観的な情報として私に引き継がれた」
「へ、へえ~~~~……」
ラジエラのマゼンタの目が、じっとマタイオスを見つめる。
「その様子だと、世界大戦のことも博士のことも覚えてないみたいね。小学校でみんな習うことだけど」
「もしくは俺が小学校に行ってなかったとかな?」
「ああ~……」
「今のは冗談だよ憐れみの目を向けるな……。それで?」
「うん。今から五十年前に世界規模の戦争が起きて、この星はメチャクチャになった。国という国が争った――ていうのも、博士が自分の発明品見たさにあっちこっちにヤバ兵器を流しまくったから」
もちろん偽名や架空組織などを用いて身元を隠して巧妙に。人類というのは、力を持てば振るいたくなるものだ。おニューのオモチャを与えられた子供が、すぐにでもそれで遊びたがるように。
そして兵器を売り込むと同時に、「隣の国がヤバい兵器を持っているぞ」と情報を流した。そうなれば後は転がり落ちるように戦火は広がっていった。博士の望んだ状況になった。あっちこっちで兵器が大暴れして、その光景に博士は大いに喜んだ。
人が死ぬことも金稼ぎも名声も興味はなかった、ただその狂った人間は『自分の作品がド派手に活躍する』状況が見られればハッピーだった。純度の高い邪悪にして最悪の中の最悪だった。
しかして、悪とは長続きしないもの。とうとう博士の『悪事』が世界にバレた。世界中がボロボロで、国々にもう余力も何もなかったことも相まって、こんな馬鹿馬鹿しいことはないと戦争は終わった。
かくして博士は『大戦犯』と定められた。戦争を引き起こした黒幕、諸悪の根源、世界で一番の悪であると、全てが博士を裁こうとした。
だが――博士は改造した無人島に引きこもると、裁きに来る者のことごとくを迎撃し、追い返したのだ。博士には自らの頭脳と発明品という世界最悪の武器があった。
「その無人島にミサイル三億発ぐらいブチ込めばよかったのに」
「ステゴロ条約の話、覚えてる?」
マタイオスのつっこみに対し、ラジエラは説明する。
「かつての大戦によって、人類は兵器というものに強い忌避感を抱くに至った。博士が造った『諸悪の根源』たる兵器は全て廃棄・破壊され、そして全ての国家間で人類が武力を持つことを禁じる約束を交わした。だからミサイルを造るのは世界的大罪。……だからこそ、そんな約束を無視する博士の武力に敵わなくて逮捕ができなかったんだけど」
「皮肉だな……。ん? でもロボットはセーフなのか?」
マタイオスは決闘島を指さした。さっきあそこで、巨大ロボットとまさに戦ってきたところなのだが。
「名目上は『弩級人型クレーン』っていう工業ツールになってる。だからほら、なんだか重機っぽかったでしょ。武器もなかったし」
「確かに……あ、でも自爆はありなんだ……」
「軍事利用や犯罪みたいな『悪用』をされた時用のセーフティーってことになってるみたい」
「屁理屈だなぁ」
「襲撃で使われるのは専らああいうおっきいロボ。だから私もウドンを使う。それ以外は使わない」
「本当はいろいろ島に仕掛けがあるんだ?」
「バリアとかミサイルとかね。ステゴロ条約違反だから分解して破棄したけど」
「律儀だなぁ~……」
「あ、でも衛星写真とかドローン撮影とかは、プライバシー保護の為にシャットアウトする力場を発生させてるけどね。着替えとか覗かれるの嫌だし」
「なるほど……」
寄せては返す波打ち際になんとはなしに視線を下ろし、マタイオスは呟いた。
「そういえばこの無人島って……やっぱり博士のアジトだったのか?」
地下の格納庫? だったり、さっきのパラソルとチェアの仕掛けだったり。科学に疎いマタイオスでも、ここがとんでもない技術で作り出された脅威の場所であることが分かる。
彼の問いに、ラジエラは悠然と足首を組ませた。
最初のコメントを投稿しよう!