●1:ハローサイアク

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「これ……十中八九、俺ですわ……」 「よかった、ちょっと記憶が戻ったんじゃない?」 「なんか、記憶喪失っつー客観的な状態で見る俺、めちゃくちゃイキり散らかしててつれぇ〜……俺こんなイキったカッコしてたの? うわ〜……つれぇ〜……」 「……まあ、人は変われるから」 「これからは真面目に生きよう……ていうかそもそも俺って何者なんだ、この島に漂流してたってことは、なんか事情があって俺はこの辺に近付いたってことだよな?」  マタイオスは改めて水平線を見渡した。遠く遠くの方に土地が見えるが、あそこから流れ着いたとはちょっと考えにくい、それ以外には人がいそうな場所は見えない。 「仮説だけど」  ラジエラがまた紅茶を一口飲んで言う。 「あなたは私を狙った誰かだった。接近中、何かトラブルがあってあなたは『粛清』されて海に捨てられた。……ちなみに、あなたは襲撃者ロボットのパイロットじゃないと思う。有人機だったらパイロットを傷つけずに無力化させてるから、あなたが怪我してた状況と矛盾する。そもそもあなたは複数人から殴る蹴る叩くされた傷だったし」 「……俺、あんたの敵だったかもしれないのか? おいおい、だとしたらいいのかよ? あんた自分の敵を巨大ロボにしちまったんだぜ?」 「正確には元々あった巨大ロボにあなたの脳を接続しただけだよ。ウドンは自己再生機能がある生体金属製って言ったでしょ、もしかしたらウドンの再生能力で助けられるかもって、それであなたを助けたの。見殺しにするなんて可哀そうでしょう」 「でも、俺がクズだったら裏切りとか……」 「お人好しだね。安心して、自壊コードがちゃんとあるから」 「え? 自壊コード!?」 「本来はウドンが良くない人の手に渡った時用。今回に限っては、あなたが良くない人だった時に使おうと思ってた。でも、まあ、使う予定は今のところなさそうだね」 「……善意で前が見えなくなるタイプじゃなくってよかったよ……」  強かでよかった、と思うことにしておこう。マタイオスは肩を竦めた。 「ねえ、自分の顔を見て何か他に思い出せた?」  ラジエラが下から覗き込んでくる。「残念ながら」と彼は首を横に振った。  わずかに沈黙の間ができる。そういえば今の時間帯は、太陽の具合からいって昼下がりらしい。 「……俺って一生ロボのままなのか?」  ポツリと呟く、そこはかとない不安。 「博士が私を作った要領で、あなたのクローン人体を造って、脳の中身を転写移植すれば人間に戻れるけど」 「こえ~よ……それ例の天才博士が失敗したやつじゃねーか」 「うん、私もちょっと推奨しないかな」 「他にはないのか?」 「厳密には『人間に』じゃないけど、あなたソックリのアンドロイドを造って、あなたの脳を生体ユニットとしてウドンみたいに接続すれば外見上は人間に戻れる。これが一番安全じゃないかな。お望みならすぐに作るけど」 「そっかぁ~……」  完全な人間には戻れない、と聞いてなんとも寂寞を感じた。まあまだ人間社会に戻れるので希望がある。「生きてさえいれば」なんて言葉もある。  とはいえ、仮に今すぐ人型になったとして……名前すら不明な記憶喪失状態で町に戻されても路頭に迷うだけだ。帰る家も分からない。ていうか集団暴行されたらしい? ので誰かの恨みを買っているということだ。事情も知らないまま人間社会に戻っても、またやられるだけじゃないか?  マタイオスは考えた。まず自分に必要なのは、記憶を取り戻すことじゃないか。人間サイズに戻るのはそれからだ。いっそこの強いロボでいる方が安全だ。なにせ『最強無敵ウルトラスーパーハイパー超超超ゴッド神マン』なのだから。名前ダッセエな。  では、どうすれば記憶は戻るだろう? ……ひとまず、このラジエラという乙女に協力していれば、何か手掛かりが掴めるかもしれない。  何より、ラジエラには命を救われた恩がある。この律儀で義理堅くて強かで……そしてどうにも放っておけない女に『何もしない』のは、マタイオスにとっては、この上なく――『ダサい』。 「……『今すぐ戻してくれ』、って言わないんだね」  考え込む彼に、意外そうにラジエラが言った。マタイオスは苦笑する。 「そりゃ戻りたいぜ? でもよ、まずは記憶を取り戻してからだ。あんたには助けてもらった恩があるし、恩返しと手がかり探しをかねて、襲撃者を今後とも『おもてなし』したいんだが――」  大仰な身振りで鉄の掌を胸に当てる。ラジエラは少し首を傾げ――薄く薄く、微笑んだ。 「そう。よかった。……『よかった』、って感情がある。……うん、ずっとこの島に一人だったから。話相手が欲しかったんだ。飽きるまでここにいていいよ。ついでに私を護ってね」 「オーライ、交渉成立だ」  握手でもしようか。マタイオスは掌を差し出した。ラジエラは大きな指先と、彼の目を見て、それから瀟洒なティーカップをテーブルに置くと、マニピュレータの指先にそっと掌を置いた。  ――こうして、名もなき男もとい巨大ロボットマタイオスの、『世界の悪』たる乙女ラジエラを護る戦いが始まった――。 「ところで機体名とか必殺技名とかどうにかならんのか?」 「かっこいいじゃない」
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