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●2:ふたりじごくのアレゴリア
「かッ 怪獣だーーーーーーッ!」
水平線の向こうから、のしのしと歩いてくる巨影。
倍率自在のロボットアイでマタイオスが捉えたのは、どう見ても大怪獣だった。
「言ってなかった? 襲撃してくるのはほとんどが大型ロボットだけど、たまに怪獣も来るって」
「初耳だが!?」
振り返った先、ラジエラはコテージの二階の窓から身を乗り出していた。タブレットを片手に持っているのは、ちょうど電子書籍で読書をしていたからだ。ちなみに服装は、今日も今日とて赤いパーティードレス。
「……。あー……確かに、ロボしか来ないとは言ってないけど、怪獣が来ることもあるとは言ってなかったかも」
「だよな!?」
指をビッと突きつける。ラジエラは気にせず彼方の怪獣を見ていた。
「あれ、ステゴロ条約違反じゃねーの!?」
「名目上はペットってことでゴリ押しされてる」
「ゴリ押しすぎるだろ!」
「最近は捨て怪獣が社会問題に」
「規制されちまえ!」
とにかく、襲撃は襲撃だ。決闘島は潮の流れの賜物なのか元に戻っている。あそこで迎撃だ。
「マタイオス」
この世で最も罪深い女が手招きをする。機械の男は窓辺へと顔を寄せた。さながらロミオとジュリエットだ。男の心には一抹の恥じらいと、こうなってるんだからしょーがねーだろという自己への説得があった。
――ちゅ。
キスをして、元気百倍、という訳ではないが、戦闘モードというスイッチが入った昂揚はある。
「……ところで、なんでキスで戦闘モードが入るんだよ?」
顔を離しながらマタイオスが尋ねる。
「私のプロトタイプである人造人間がいたんだけどね、生前の博士の助手として。その子がウドンにキスして戦闘モードを起動させてて……それのオマージュみたいなものじゃない? 何か、この起動方法にエモさとかロマンティックを見出したのかもね、博士が」
身を乗り出す体勢から、部屋の中に引っ込んだラジエラが言う。
「博士の助手……ソイツ今は何してんだ?」
「脳の内容を転写移植する手術の実験体になって死んだ」
「……そうかい」
暗い話はこの辺で。マタイオスは迫りくる怪獣へと振り返った。
一言で言うならクソデカ恐竜。ティラノサウルスをもっとずんぐりさせた感じ。クソデカ角もついている。ジュラ紀欲張りセットだ。
ザブザブと海を踏み分け、マタイオスは襲撃者へ進軍する。彼我の一歩は巨体ゆえデカい。やがて決闘島を挟んで向かい合う位置まで来る――先手は大怪獣だった。
ガパリと開く怪獣のあぎと。深海魚で見たことがあるような、下顎が左右に分かれるような、「うわキモ」とマタイオスが思った直後、怪獣の喉の奥が青白く光った――眩い閃光、放たれるのは紛うことなき『ビーム』である!
「ちょっ――マジかよオイ!!」
後ろにはラジエラのいるコテージが――そう思った時には、回避をせずその身でビームを受け止めていた。
ウドンには痛覚機能は幸いにしてないようで、マタイオスが痛みを感じることはなかった。とはいえビームが自分を直撃している状況、冷静でいられるハズがなく。
「うわあああああステゴロ条約ぅうう!」
ビームはダメなんじゃないのか。理不尽さへの憤りから叫ぶマタイオス。痛みを感じないだけに、今の自分がどうなっているのか、ヤバイのか大丈夫なのか分からなくて、逆に不安だ。
と、ラジエラから通信。
「生態は兵器に含まれないからあのビームはセーフ」
「じゃあ俺もビーム出していいか!?」
「条約違反だからアウト」
「クソがーーーーー! ぬああああ表面が融けるーーーーー! 死ぬーーーーーーー!!」
「永遠に吐き続けられないはず、それまで耐えて。ウドンのスペックなら理論上は大丈夫」
「『理論上は』ってどういうコト!?」
「ビームが途絶えたらチャンスってコト」
「うわあああああ耐えろ俺の身体ぁああ~~~~~~~!!」
かくして、怪獣のビームが止まった――今だ!
「だッ……こぉおのボケェエエ~~~~~~!」
マタイオスは怪獣の顎をかちあげるように蹴り上げた。液体金属の性質を持つ機体は、脚を鞭のように伸ばしてキックすることができるのである。
顎を強制的に閉ざされ、骨が砕け、アッパーを食らったように怪獣がのけぞる。マタイオスはざんざんと大股で間合いを詰めると、
「『超必殺! グレートアルティメットつよつよ螺旋撃』ィイイイ必殺技名ダッセェエエエエ!!」
叫ぶ必殺技。腕がドリル状に変形。彼は変幻自在の身体、普段の姿はいわゆる形状記憶。キュイィイイインと高速回転の音。突き出される螺旋の一撃が、怪獣の身体に風穴を開けた。
飛び散るのは緑色の血。そして――怪獣がカッと光った。
爆発音、キノコ雲、なんだかデジャヴュ。
マタイオスは仰向けに、海に倒れていた。被害状況が頭の中で勝手に流れる。ビームが直撃し続けた箇所は、流石に装甲がちょっとダメージを負ってしまったようだ。とはいえ軽微、太陽を浴びていれば治るようだ。マタイオスには詳細は分からないが、ウドンは太陽を浴びていれば大体どうにでもなるらしい。ちなみに月光でも大丈夫らしい。科学の詳しいことは何も分からない。
「……」
顔面にべっちゃりついた怪獣の肉と皮を退け、ちょっと海水で飛び散ったナンヤカンヤを洗い、上体を起こし、装甲についた海藻を海に返し、コテージの方を見た。アイカメラの倍率を上げてラジエラを見る。目が合った。
「『ご苦労様』、マタイオス」
その唇の動きで、マタイオスは一段落の気持ちになるのだ。
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