●2:ふたりじごくのアレゴリア

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「どう? 何か思い出せた?」 「ビックリするほど何も思い出せねえ」  砂浜に寝そべっているマタイオスに、パラソルの下でタブレット電子読書しているラジエラは「そう」と答えた。  この数日でマタイオスが思い出せたことはほぼないが、この島とラジエラについては少しずつ分かってきた。  ここは人工島。局地的テラフォーミングが施されており、潮の流れが『なんかすごいことになっている』ので、船での接近が非常に難しい作りになっている。だから『襲撃者』は空から来て、巨大ロボや怪獣を近くに投下していくのだ。  島に住んでいるのはラジエラだけ。一見して、ポツンと洒落たコテージがあるだけ。だが『本体』は地下にあると言っていい。  この島の地下には広大な施設が広がっている。ラボと工場を合体させたような様相だ。ゲームのダンジョンにしたらまあまあ面倒臭いマップになるんだろう。  マタイオスの『ドック』もここにある。脳という生体ユニットを含め、生体部分の休眠が必要なのだ。いつも夜になったら、このドックのクソデカ水槽みたいな場所に横たわる。力を抜くと、彼の身体は液体金属に溶けて、スライム状になる……そうして目覚めると、いつものあのロボ姿になるワケだ。  地下には食べ物を得られる場所もある。特殊なプランクトンを培養・合成させて完全栄養食を作り出すプラントだ。合成されたモノはエネルギーバーのような硬い棒状のモノに形成される。ラジエラは毎日三食、紅茶と一緒にそれを食べる。ちなみに茶葉を培養している区画と、科学のナンヤラでバイオなミルクを作り出せている。  次にラジエラについて。彼女の服装はいつもの赤いパーティードレス。どうも同じのを何着も持っているらしい。  彼女は日の出と共に目覚め(寝食はコテージ内で行っているようだ)、朝食を食べ、一通りラボ兼工場の見回りを散歩がてら行い、昼食を食べ、読書をしたりネットサーフィンしたり家庭菜園をしたりボーッと海を眺めたり、夜になったらまた食事をして、風呂に入って、読書をして、眠る。そのルーチンの合間に襲撃があったり、マタイオスと他愛のない会話をしたり。その繰り返しだ。この狭い島で、そんな日々をどれだけ繰り返してきたのだろう。 「なあ、どうしていつもドレスなんだ?」  マタイオスはラジエラにチラと目をやり問いかける。 「用意されてたから」  電子の文字を読むラジエラが淀みなく答えた。マタイオスは、眉があったなら持ち上げていたことだろう。 「他の服を着てみたいな~とか思わねえのか?」 「……それは、この服が似合わないからそう言ってる?」 「それは勘ぐりすぎだぜお嬢さん、似合ってるけど――似合ってるから、他のも似合うだろうなあって思ったんだよ」 「一応、服を作る装置はあるし、インターネットで流行りの服も分かるから、着てほしいものがあったら着るけど」 「それもいいけど――そうだ! 町に行かねえか?」  マタイオスは水平線の彼方の都市を指さした。乙女は不思議そうに首を傾げる。 「襲撃があるから。ここにいないと」 「今日はお出かけしてますって張り紙でもしときゃ良いだろ、襲撃者に休日をくれてやる感じでさ」 「でも私は――」 「一日ぐらい、いいじゃあねえか」 「……」  ラジエラが俯いた。電子の本の文字を、読み進めるでもなくじっと見つめている。よし、とマタイオスは心の中で拳を握り込む。 「前にさ、人間大の機体を造れるって言ってたよな? それでさ、俺もボディガードとして一緒に行くから……記憶探しも兼ねてさ。もしかしたら何かあるかもしれねえし」  このまま同じ時間の繰り返しの中で『もしかしたら記憶が戻るきっかけがあるかも』に賭けてもいいが……あまりにも代わり映えしない日々に、男は内心で焦り始めていた。このまま自分が分からないまま時間が経ちすぎてしまったら?  町へ赴く、それが強行案だとは分かっている。なにせラジエラは世界で一番悪い女だ。変装なりなんなり対策は必須だろう。それでも、町に対して「あそこに行けば俺のことが少しは何か分かるんじゃないか」という期待は、日々募るばかりだった。  ここまでがエゴな話。 「なんかさ……やってもねえことで悪いからってここにずっといなくちゃいけねえのって、つらいって」  哀れだと思った。この、世界で一番悪い女が。  ラジエラの『複雑な』身の上は分かる。原罪を自覚しているがゆえに島に留まっていることも分かる。自分が「そんなこと気にするなよ、やめちまえよ」と軽々しく言える立場じゃないことも分かっている。だが、「だからしょうがないよね」で閉口に徹せるほどオトナでもなかった。 「世間的には世界一の悪女だとしてもよ……俺には、アンタが裁かれるべき悪女には見えないな。美人局してくる女のが邪悪だわ、――」  美人局、というワードでマタイオスは何かピリッとしたモノを脳に感じた。おいおいマジか? まさか俺は美人局にやられてボコられて島流しに遭ったのか? 「……マタイオス?」  額を押さえていると、パラソルからラジエラが覗き込むように見上げてきた。日が射すマゼンタの瞳、光が眩しく震える睫毛。 「あ――いや、そういうワケだからさ、ちょっと町にお出かけしてみないか」  実は美人局にやられたお馬鹿さんかも……と言い出すのは恥ずかしかった。そんな男の裏側を知らないまま、ラジエラは少しだけ考え込んだ。 「確かに……町にはあなたの記憶の手がかりがあるかもしれない。あなたに関する背景事情は何も分からないけど……あなたには帰る場所と、帰りを待つ人がきっと存在するはずだものね。少しでも記憶が戻るように、私も手を尽くしたい」 「……エゴな理由も言っていいぜ?」 「うん、町にお出かけするの、死ぬまでに一回ぐらいは……って、ちょっとだけ、思ってたりもした」 「んじゃ決まりだな! いつ行くよ?」 「明日」 「いいね、善は急げってやつだ」  マタイオスの言葉終わり、ラジエラはタブレットをオフにして立ち上がった。スカートを払い、男を見上げる。 「襲撃者迎撃については申し訳ないけど一日休ませてもらって……あなたについては、脳を移し替えるアンドロイドじゃなくて、遠隔操作の子機みたいなのにしましょう。脳の移し替え作業はどうしても脳に負担をかけちゃうし。いいでしょう?」 「あー、うん、科学の話は分かんねーけどそれでいいよ」 「じゃあ作業してくる」 「……待て、一日でできるのか?」  ロボットを造る、それは一日で魔法のようにできるものとはとても思えないが。 「大丈夫」、とラジエラは砂浜に赤い靴の足跡を残しながら言った。 「私の脳は世界で一番邪悪で天才だから。ああ、それと……」  振り返る。 「私の明日の服。スカートとズボン、どっちが似合うと思う?」  その眼差しと無表情が、どこかうきうきした様子だったから。 「え!? あ、うーん、いつもスカートだし、パンツスタイルとか?」 「わかった。じゃあラボにいるから、何かあったら通信して」 「そういえば俺からの通信ってどうやるの?」 「『もしもし』って叫べば声紋認証で通信ができる。通信終了は『お元気で』」 「……叫ばないといけないのか?」 「叫ばないといけないの」 「なぜ……」 「かっこいいから」
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