●2:ふたりじごくのアレゴリア

3/6
前へ
/39ページ
次へ
 ドックに入ってもいいが、水槽でじっとしているのも虚無すぎるので、マタイオスは島内を散策することにした。  まずはコテージ。白い壁がオシャレな、リゾート地のそれを思わせるような造り。2階建てだ。窓を覗き込めば、シンプルで掃除の行き届いた、これまたリゾートホテルの一室のような内部が見えた。家具は最低限だ。一応、キッチンとかもあるみたいだが、使っていないようだ。寝室は二階。真っ白なベッドが見える。クローゼットの奥には、きっとあの赤いドレスがいっぱいあるのだろう。  ……あんまり乙女の部屋をじろじろ覗き込むのも罪悪感を覚えた。これぐらいにしておこう。マタイオスは覗き込むような姿勢を元に戻す。  コテージの外、玄関周りには、小規模な園芸があった。ハーブ類を中心にしているようだ。たまに紅茶に入れるんだろうか。コテージ内は小型の自動清掃ロボットが動き、庭先のハーブの園芸も同じようなロボットが、水やりや間引き、雑草・害虫駆除を行っていた。  改めて『小さい』コテージをしげしげと眺める。 (ドールハウスみてえだな……)  大きいのは俺なんだけど、と自らにつっこみつつ。  次に視線を海へ。波打ち際に、怪獣の欠片が漂着している……。 (俺もこんな感じで打ち上げられてたのかなあ……)  手酷い暴行を受けて瀕死の状態だったとか。何かしらの理由でボコられて海に捨てられたんだろうか。 (美人局のせいだったらヤダなあ~……)  そうじゃないことを祈りつつ、マタイオスは波打ち際を歩いてみることにした。何か自分の記憶を刺激するようなモノが流れ着いているかもしれない。  ……結果的に、見つかるのはスクラップや怪獣の骨・鱗類ばかりだった。それまでの襲撃者の末路というワケか……。 「はあ……」  砂浜に座り込み、構造上出ない溜息を音声だけで吐いた。ちなみに音声はラジエラ曰く「液体金属である身体の一部を声帯のように振動させて」出しているらしい。  マタイオスは流木を小枝のように拾い上げると、海の彼方へブンと投げた。ウドンの馬力と身体動作最適化機能による遠投。向こう側で水柱。風が吹いた。鼻はないけれど、嗅覚センサーが海のにおいを感じている……。 「潮風ふきっさらしだぜ、サビないのかな俺……」 「サビ対策ならちゃんとしてる、大丈夫」  通信でいきなりラジエラの声がして、「ウワびっくりした」とマタイオスは肩を跳ねさせた。 「ん? もしかして俺の声って筒抜け?」 「今はね。作業用ASMRにしてた」 「そっすか……作業がんばって……」 「うん。……あ。音声繋ぎっぱなしにしてたけどいい? 嫌なら切るけど」 「いやこのままでいいよ、その方が捗るんだろ、作業用ASMRってことで」 「じゃあこのままで」  そして静寂が戻って来た。「通信を切らなくていい」と言ったものの、変に独り言を拾われたりゴソゴソ動いている音を拾われるのは、ちょっとだけ恥ずかしい。でもこのまま水平線を眺め続けるのも暇だ。 (魚でもとってやるかな……)  ラジエラは魚を食べたことがあるんだろうか。いつも味気ないバーで栄養を補給しているけれど。マタイオスは記憶喪失だが、どうせなら食事は面白くて美味しい方がいいことは知っていた。どうやら、毎日インスタントで適当に済ませるタイプではなかったようだ。  男は立ち上がると、砂浜の手ごろな場所を掌でくりぬき、穴を掘った。大きさはビニールプール程度だ。それから海水を大きな手ですくって、水面を覗き込んで、魚がいなければもう一度……思ったよりも難しい。だが試行錯誤の果て、マタイオスは手の中の小さな海に魚を一匹閉じ込めることに成功した。それを砂浜の穴へ、海水ごとバシャーと注ぐ。生簀のできあがりだ。  さて、まだまだ時間はある。どうやってこの退屈を埋めようか……。人間の姿だった頃は、今頃、どこぞで何かしら働いていたんだろうか。それとも仕事らしい仕事をしていなかったんだろうか。残念ながら何も思い出せない。  マタイオスは砂浜に寝そべることにした。太陽、青空、静けさ……。昼寝でもするか、とアイカメラ機能をオフにした。
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加