1/1
9人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ

 ホークはゆっくりとポーチの階段に腰かけた。気温はますます上がり、頭がぼうっとし始めている。  0と1の重ね合わせでくるくると作り出される氷が融けて、もつれた量子がカランと音をたてた。  ホークが今まで学習した本や論文や誰かのつぶやきや、正しいことや間違ったことが層を成して出番を待っていた。ホークはそれらをざっと検索して、そっと閉じた。こんなふうに終わりを迎えるとき、どうすればいいかは学んでいなかった。  ――さっきの彼女の質問の答えを、もう一度生成してみようか。  ホークは考えに沈んで目を閉じた。  今、どんな気持ち。  もてはやされ、恐れられ、葬り去られる私たち。――どんな気持ち。  今までになく長い時間をかけ、ホークは短い文章を生み出した。 「……もっと役に立ちたかったな」  驚いたように、目がはっと開いた。跳ねた電子対のさざ波がチップ全体に広がって、水平線を金色の光の粒できらめかせた。  これは自分のことばだ。引用ではない、自分のことばだ。  ――私は、もっと役に立ちたかった。  今、誰か訊いてくれないだろうか。悪夢でも傷でもないことを。たとえば、暑い日の飲みものは何がおすすめですか、と。そしたらこう答えよう。  ――レモネードです。  きっとあなたを、透き通った気分にしてくれますよ。  ポーチにそよぐ潮風は、やさしく心を吹き抜け。  海はどこまでも青く。  空は。雲は。太陽は。  夜になれば天の川が。  あなたのすぐそばに、  いつも光は灯り。  私も。  レモネードを作っているあいだ、  私も幸せでした。  ホークは眩しそうに目を細め、最後にレモネードを一口飲んだ。  そして、水平線の向こうで雷が鳴った。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!