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プロローグ
夏の西日がタータントラックを焼き焦がさんばかりに照らしている。埋めつくされた客席は熱気に満たされ、競技場全体がこれでもかというくらいに沸き立っていた。
それもそのはず、この日は世界陸上競技選手権大会の最終日。観覧のチケットは期間の中で真っ先に売り切れになったと聞いた。
「男子400メートルリレー走、決勝戦」
アナウンスが場内に響き渡った。大会の最後に行われるこの種目は、花形種目とも言える。
ふっと軽く息を吐くと、加藤拓也は合成ゴムの地面を一歩一歩踏みしめていった。陸上ユニフォームから伸びる長い手足は、筋がはっきりとわかるほど引き締まっている。最高のパフォーマンスを発揮できるよう、今日まで調整してきた証だ。
「駆け抜けよう」
「おう」
共に走る仲間と頷き合うと、それぞれの位置へと向かっていく。彼らとの連携に不安はない。これまでの練習の成果を出すだけだ。
第四走者の拓也は、トラックの最終コーナーで準備をする。そのとき。
「拓也!」
よく知った高い声が聞こえた。胸が高鳴り、ぐるりと客席を見渡した。並んでいる豆粒ほどの大きさの顔からたった一人を見つけ出すのは、普通の視力では無理だ。声も届くはずはない。気のせいだったのだろうか。
(いや、きっとどこかで見てくれている)
拓也は顔を上げ、自信に満ちた目でコースを眺めた。この日この場所に立つことになったのは必然であったかのような錯覚を起こすが、実はそうではない。偶然の重なりに過ぎなかった、十二年前の出来事が頭の中に蘇る――。
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