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「拓也ぁ、前会ったときより大きくなったわね」
いつもの甲高い声に思わず表情が固くなる。正月に会ったばかりだから、そんなに変わっていないはずなのに。声が大きいせいで側にいた見知らぬおばさんがじろりと見てくる。何と返したらいいのか分からず、拓也は黙っていた。
「間に合って良かったわ。リレー、楽しみにしていたの。今年で最後でしょ?」
「うん」
「拓也は小さい頃から、走るの好きだったものね。お母さん、楽しそうに走っている拓也の顔、しっかり見ているからね」
嬉しそうに言うから、あまり期待しないでほしいとは言えなかった。「うん」と返事をしてすぐに「それじゃ」と言ってその場を離れる。
自分の席に戻りながら、ホッと息をついた。いつも会ったとたんにしてくるハグやキスがなかったのは幸いだ。この程度のテンションで済んだのは、きっと時差ボケのおかげだろう。
一組の席へ戻ってくると、クラスの半分は空席だった。待ち構えていたように舞香が声をかけてくる。
「拓也、ちょっといい?」
先日のことを思い出し、拓也は身構えた。「いいけど、何?」
「ただ、謝りたくて。こないだのこと……バトンがうまく渡せなかったのもきっとあたしのせい。本当に悪かったって思ってる。ごめんね」
舞香が謝るなんて珍しい。拓也はぼうっと見つめ返しているだけだった。
「あたし、足の速さには誰にも負けない、学校で一番なんだって、ちょっと意地になってたんだよね。勝ち負けも大事だけどさ、リレーって一人でやる競技じゃないじゃない? 本当に大事なのはみんなとの信頼だったんだよね」
なんて言ったらいいのか分からなくて「うん」と答えた。
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