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「おれも走りたいなぁ……」
思わず声に出て自分でもびっくりする。周りを見回すと、保健室には誰もいない。職員室へ行った養護の先生もまだ戻ってきていなかった。
良かった、誰も聞いてなくて。ほっと息をつくと、保健室の扉が開いて目線を向けた。入ってきたのは事務員の女性だ。
「加藤くんね?」
「はい」
「お父さんが迎えに来てくれたよ」
事務員の後ろから父さんが室内へ入ってくる。保健室の場所が分からなくて案内してもらったらしく、軽く頭を下げている。会釈を返して事務員は足音を立てて出ていった。
「拓也、足を怪我したって連絡を受けたけれど、大丈夫か」
「うん。階段で踏み外しただけだよ。歩けるって言ったんだけど、一人で下校するのは危ないからって先生が」
父さんは勤め先のホテルの制服の上に薄手のトレンチコートを着ていた。急いで来てくれたのか、額には汗が浮かんでいる。
「車で来たから、ついでに病院へ行こう」
「えー、病院なんてめんどうだよ。大した怪我じゃないし、平気だよ」
「しろうと判断は良くないぞ」
父さんだってしろうとじゃないか。そう思ったけれど、不平をぶつけたところで病院行きは変わらない。しぶしぶ椅子から立ち上がった。
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