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「お大事に」
受付の女性の声を背後に聞きながら、整形外科のクリニックを出た。学校を出てから一時間半が過ぎている。外はもう暗い。
隣に並んだ父さんが財布をポケットにしまいながら言う。
「良かったな、拓也。靭帯も骨も異常がなくて」
「だから大丈夫だって言ったでしょ。ちょっと痛いけど、歩けないほどじゃないし」
駐車場に向かう父さんの背中を見ながら、拓也はほっと胸をなでおろしていた。
正直言うと腫れた右足首を見たときはかなり焦った。
念のためと言って病院の先生がしてくれたテーピングは大げさに見えるけれど、二週間で治るらしい。三週間後の運動会には間に合う。
車の後部シートに座ると、運転席の父さんが振り向いた。
「そう言えばお母さんな、今度一時帰国するそうなんだ。休暇をもらってね、一ヶ月くらいこっちにいられるそうだよ」
「え、マジ?」
母さんはアメリカ人で、ロサンゼルスで仕事をしている。父さんは若い頃、ロサンゼルスのホテルに研修へ行っていた。アパートの騒音から避難するために泊まりに来た母さんを接客したのが出会いのきっかけだ。母さんが日本好きだったことで意気投合したのだと、何度も聞かされた。
一時帰国はいつも夏休みと年末年始だったのに。この時期に帰ってくるのは初めてだ。
「運動会が近いだろう。だからその日に合わせたいってお母さんが言ってるんだけど、どうかな」
「別に、いいけど」
「そうか。じゃ、お母さんに伝えておくぞ」
拓也は窓の外の景色を見ていた。エンジンのかかる音が耳に入ってくる。
母さんか……。
拓也は母さんが苦手だ。甲高い声でのハイテンションぶりを思い出すだけでため息をつきたくなる。だからと言って、運動会に来るのを「嫌だ」というのも駄々をこねる子供みたいで恥ずかしい。
楽しみのはずの運動会は、どうなるのだろう。
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