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でもそうではなかったと知ったのは、次の練習日のときだった。バトンの受け渡しがうまくいかず落としてしまったのだ。
バトン渡しの失敗は、低学年にはよくあることだ。そのためリングバトンという輪の形をしたバトンもあるが、海波小では一般的な筒状のバトンを使っている。そのため、練習で失敗して落とさないコツを掴むしかない。
リレーの経験が六年目の拓也は納得がいかない。真剣にやっているのにどうして失敗したのだろう。練習が終わった後、舞香が文句を言ってくる。
「拓也、やる気あるの?」
「ちゃんとやってるよ。うまくいかなかっただけだ」
思わず声が尖る。まだ何か言いたそうな顔は、昼休み終了のチャイムによって口を閉じた。それ以上何も言わずに舞香は教室へと戻っていった。
最後の練習の日、拓也は朝早起きして家でストレッチをした。一日だけやっても効果があるかどうか分からない。やらないよりはいいだろう。
結果、練習でバトンは落とさなかった。けれど受け渡しがぎこちなかったし、また後続に抜かれた。低学年がうまくバトンを渡せていたので、なおさら不満が残った。
舞香は文句を言わなかったが、にらむような目つきで拓也を見てきた。ちゃんとやっているのだからと、拓也は謝らなかった。
いつもはおしゃべりしながら校舎へと戻るのに、その日は一言も話さずに校庭を離れた。
揉めることなく終わろうとしていたのに、昇降口で相川が茶化してきた。
「お前ら、夫婦ゲンカか?」
「うるせえよ」
思わず相川の肩を押した。よろめきさえしない程度の弱さだったのに、相川は「何だよ」とやり返してくる。ムカついて相川の襟首を掴んだ。
「人がうまくいかないのを楽しむの、やめろよ」
「なんだよ、楽しんでるなんて言っていないだろ」
「ほらほら、そこ、喧嘩しない」
先生の声がして、拓也は仕方なく手を離した。相川とはにらみ合いながらその場を離れた。
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