2-1 るんるん娘と猛攻坊ちゃんと歯ぎしり令嬢

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2-1 るんるん娘と猛攻坊ちゃんと歯ぎしり令嬢

「おはようございます、アーロン様」 「おはよう、ベル」  ソルシエ王立学院への入学を果たしたマリアベルの一日は、迎えにやってきたアーロンと言葉を交わすところから始まる。  厳密に言えば、起床して、朝食をとり、お弁当を作り、身だしなみを整え……と、朝の支度もしているのだが。  マリアベルの中では、アーロンと顔を合わせるタイミングが、その日の始まりのような感覚になりつつあった。  馬車に乗り込み、アーロンの隣に座ったマリアベルは、「今日はどんな授業が受けられるのかな」とるんるんだ。  一方アーロンは、「あれ? いつもと変わらなくない?」とぽかんとしていた。 「あ、あー……ベル。今日も元気だね」 「そうですか? ……そう見えるようでしたら、やっぱり、学校に通えるのが嬉しいのかもしれません」  言葉の通りなのだろう。  マリアベルは、嬉しそうに頬を赤らめながら、ふわっと笑った。  ああ、可愛い。  ずっと大好きだった子の笑顔を間近で浴びて、アーロンはきゅんとする。  馬を操る者はもちろんいるし、念のため護衛も同行しているが、馬車の中では二人きり。  アーロンはこの時間を毎日楽しみにしているが、今日は、ちょっと緊張していた。 「特待制度さまさまです! うちが普通に学費を払うのは無理ですからねえ。私にお金を出す余裕があるなら、弟たちに回してほしいですし」  私はラッキーです、特待万歳です、とマリアベルは腕組みしながらうんうんと頷いた。  本日は、パーティー後、初めての登校日。  まだそういった場に不慣れな学生たちに配慮し、パーティーは初週最後の登校日に行われていた。  あの突然のプロポーズ後、アーロンが彼女に会うのは今日が初めてだった。  あんなことをした後だ。  アーロンは、マリアベルに避けられてしまうんじゃないかとか、他人行儀になるんじゃないかとか、自分を異性として意識してくれるかもしれないとか、色々な状況を想定していた。  しかし、マリアベルに変わったところはない。  安心したような、拍子抜けしたような……。  あまりにもいつも通りすぎて、本当はプロポーズなんてしてなかったんじゃないか、とすら思えてくる。  想い人と一緒の学園生活2週目。  アーロンは「あれえ?」と思いながらも、マリアベルの話をにこやかに聞いていた。  可愛いから、まあいいか! 避けられるよりはマシ!  アーロンは、その境地に至った。 「では、アーロン様。またあとで」 「うん。今日も頑張ってね」  1年生のマリアベルと、2年生のアーロン。  当然、クラスもカリキュラムも別だ。  だから、学園到着後は分かれてそれぞれの教室へ向かうことになる。  棟も別なため、二人はそれぞれの建物を繋ぐ渡り廊下で会話をしていた。  マリアベルは貴族なのに特待枠という、ちょっと特殊な子だが、今のところ、いじめなども受けずに済んでいるようで。  アーロンに背を向け、足取りも軽く歩き出す。  楽しそうに進む彼女に手を振って、見送ろうとしたアーロンだったが……ふと、「いたずら」を思いつく。  マリアベルは気にしていないようだが、アーロンだって、既に彼女にプロポーズをかましてしまった身。  このまま何もせず引き下がるつもりは、なかった。  マリアベルに、自分を意識して欲しい。  この子には、自分という男がいるのだと、見せつけたい。  きっとこれから、マリアベルは色々な男からのアピールを受けることになる。  その前に、けん制したかった。彼女の恋愛対象になりたかった。 「ベル、待って」 「アーロンさ、ま……?」  彼女を追い、声をかけて、その小さな手をとる。  マリアベルが振り返ったことを確認すると、彼女の手の甲に、そっとキスを落とした。 「いってらっしゃい、ベル」  甘い微笑みの、おまけ付きで。  目撃してしまった女生徒からは「ひゃっ……」と小さく悲鳴があがった。  武の名門、アークライト公爵家の嫡男。  剣の腕は相当なもので、身体も鍛えている。  だが、顔立ちは甘く優しい美男で。  あの優しげな顔の下に、どんな身体を隠しているのかしら!? と女子たちが盛り上がっているほどだ。  日のあたり方によっては銀にも見える金髪と、はちみつ色の瞳は、彼の甘い雰囲気を引き立てている。    そんな男による、極上の笑みと手の甲へのキス。  他の女生徒なら、卒倒するかもしれない。  いくらでも金は積む、代わってくれ! とご令嬢に言われてもおかしくないポジションにいる、マリアベルはといえば。 「……」  突然のことにぽかんとしたのち、 「……いってきます!」  と普通に返し、1年生の教室へと向かっていった。  アーロンの渾身の一撃。無事にかわされた。  これは……脈なし!?  と、ずうんと肩を落としながら、アーロンも自分のクラスへと歩を進めていく。    じゅっぎょう! じゅっぎょう! とるんるんのマリアベルと、がっくりするアーロンが、反対方向へ進んでいく中。  二人を、木の陰からこっそりと覗き見る者がいた。 「マリアベル・マニフィカ……!」  るんたったと歩くマリアベルを見つめる彼女の瞳には、確かな敵意が宿っていた。
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