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2-4 ようこそ魔法研究会へ
その日の放課後、マリアベルはアーロンとともに魔法研究会の部室を訪れた。
「場所もわからないだろうから、案内するよ」
などと言ってついてきたアーロンだが、本音は「魔法オタクたちからベルを守りたい」だった。
扉を開けば、そこには――
「マリアベルちゃーん! 魔法研究会へ、ようこそ!」
魔法特待生の来訪に大喜びのミゲルと、期待の目を向ける会員たち。
それに、おずおずと控えめにマリアベルに視線をやる、女の子の姿も。
チェリーブロンドの髪に、ピンク色の瞳の、大人しそうな子だ。
肩につかないほどの長さの髪は、ふわっとしていて愛らしい。
まだ慣れていないのか、他の会員とは様子が違う。
マリアベル、ぴんとくる。あの子が1年の特待生ね! と。
その後、マリアベルは会員たちにもみくちゃにされた。
飛んできた質問は、ミゲルがしてきたものとほぼ同じ。
流石は授業だけでは足りない、魔法オタクの集団である。
家柄も、学年も、性別も関係なく、みんながマリアベルを歓迎し、魔法の話をふってくる。
家の事情で領地に引きこもり、学院に通うようになった今も、まだ友達のいないマリアベルは、こんなこと初めてで。
同年代の人たちとわいわいするこの時間を、楽しい、と思った。
魔法特待の子とはまだあまり話せていないが、もうこの時点で、マリアベルはこの研究会に入りたくなってしまっていた。
「……あの、アーロン様」
「なんだい?」
近づきすぎた男子を引き剥がしたりもしつつ、マリアベルを見守っていたアーロン。
マリアベルの表情の変化や、楽しそうな様子から、彼女がなにを言いたいのかは、もうわかっていた。
「送迎していただいている身で、申し訳ないのですが……。私、ここに入りたいです」
「……そっか。時間のことは気にしなくて大丈夫だから、きみは、きみの望むように……」
「そうだよお! 時間なんて気にすることないよ! アーロンだって部活に入ってるんだから!」
「え!?」
そんな話は聞いていなかったマリアベル、ミゲルの言葉に驚いた。
「で、でも、今まで、授業が終わったらすぐ一緒に帰ってましたよね!?」
「あ、あー……。ええと……。たまには休養も必要かなーと……」
アーロンは、武の家の人間らしく、武術系の部活を兼部している。
そのことを黙って、マリアベルの送迎に名乗りをあげたアーロン。
彼は新学期に入ってからずっと、部活を休んでいた。
とはいえ、まだ2週目が始まったばかりだから、たいした期間ではないのだが。
慌てるマリアベルと、しどろもどろなアーロン。
制服姿の二人が並ぶ姿を見て、ミゲルはぴんときた。
「ああ……。ベルちゃんの送迎してるんだっけ? 1年生の彼女に合わせて部活休んでた感じ? 制服なのも、ベルちゃんとお揃いがよかったってわけだ」
「ちょっと黙ってろ。ベルちゃん呼びもやめろ」
「制服……? そういえば、さっき、前は私服登校だったって」
「……お揃いに、したかったんだ」
「え?」
「ベルが制服登校だから、じゃあ、僕もって……」
素直にこう答えてから、アーロンはちょっとだけ後悔した。
好きな子とお揃い! 勝手にペアルック! とか流石にちょっと気持ち悪くないか? と。
しかしマリアベルは、「そうだったんですね」と朗らかだ。
「アーロン様とお揃い、嬉しいです!」
無邪気にそんなことまで言い出すものだから。
アーロンは、彼女の言葉を深読みしそうになり、どきっとした。
ちなみに、マリアベルの発言に深い意味はない。
まあ、幼馴染が自分とお揃いにしたことを喜んでいる時点で、彼のことを嫌ってはいないし、「好き」ではあるのだが。
彼に対して抱く「好き」の種類を、マリアベル自身もよくわかっていない。
「べ、ベル。それって、どういう……」
お揃いが嬉しいって、つまりそういうことでは?
もしかして、好意……を少しは抱いてくれている!?
てれてれのアーロンが、マリアベルの意図を聞き出そうとしたとき。
ととと、と一人の女の子が近づいてきた。
アーロンとミゲルという公爵家の人間同士が話し始めたため、ちょっとだけ静かになったこのタイミングを狙い、彼女はやってきたのだ。
「あ、あの……。マリアベル様、ですよね」
「え、ええ!」
髪も瞳もピンクの、可愛らしいお嬢さん。
小柄で、控えめな雰囲気で。男であれば、彼女を守りたい、と思ってしまうことだろう。
彼女はマリアベルと同じく、学院の制服に身を包んでいる。
「おお、コレットちゃん! こちら、きみと同じ魔法特待の、マリアベル・マニフィカ伯爵令嬢だよ! やっと連れてこれたんだ! アーロンのやつにずっと邪魔されててねえ~」
もっと早く声をかけたかったのにさあ、と愚痴を言うミゲルを、アーロンがどついた。
マリアベルのことが大好きなくせに、お昼休みもずーっと一緒! ではなかったアーロン。
実は、ミゲルがマリアベルの元へ向かおうとするのを食い止めていたのである。
今日、ついに折れてミゲルにマリアベルを紹介したのだった。
「コレット・コルケットと申します。その……同じ魔法特待生だと聞いて、ずっとお話したいと思っていたのですが、なかなか勇気が出なくて……」
口に手をあて、もじもじとするコレットは、同性の目から見てもたいそう愛らしかった。
「この学院は無礼講とはいえ、ベルちゃんも伯爵家のご令嬢だからねえ」
貧乏娘とはいえ、マリアベルは伯爵家のご令嬢で、コレットは平民の出。
ミゲルの言う通り、この学院では家柄による力関係などはさほど影響せず、学生同士、対等な立場で接することができるとされている。
しかし、実際には、権力を振りかざす高位貴族もいるし、出自ゆえに居心地の悪さを感じる者もいる。
「平民の出の私が、マリアベル様に話しかけるなんて、本当にいいのかなって……」
そう話すコレットは、俯き、自身なさげで。
マリアベルの前に出てきたことを、後悔し始めているのかもしれない。
だんだんと、声がしぼんでいく。
そんなコレットに対する、マリアベルの返しは。
「大歓迎です~~!」
だった。
両手を合わせ、ちょっと泣きそうになっている。
マリアベルのあまりの感激っぷりに、コレットも呆気にとられている。
マリアベルは、魔法研究会にて、入学後初めてのお友達をゲットした。
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