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2-6 通りすがりみたいに出てくる男
「ごきげんよう。マリアベルさんに、クラリスさん。学食で見かけないと思っていたら、こんなところでお昼になさっていたのね。お弁当持参なんて、大変ねえ」
二人の前に仁王立ちしたクラリスは、口に手を添えて嫌みっぽく笑う。
アーロンにクラリスの声までは聞こえないが、仲のいい友人などではないことは、その立ち居振る舞いから理解できた。
さらにクラリスは、お弁当に目を向けると、
「まあ、貧相なこと。まるで庶民の食事じゃない。ああ、お二人は学費も払えない特待生だったかしら。それなら仕方がないかもしれないわねえ」
と、二人を嘲笑った。
取り巻きたちも、クラリスの後ろでくすくすと笑っている。
こういったことも覚悟していたうえに、既に慣れっこのマリアベルは、これぐらいではさほど動じない。
「あら、クラリスさん。ごきげんよう」
と、にこやかに返した。
マリアベルは、入学直後にクラリスの攻撃魔法をかるーく打ち消している。
実戦経験の豊富なマリアベルからすれば、不意打ちであろうとも対応は簡単だ。
クラリスは、そこでマリアベルと自分の実力の差を理解した。
そのため、マリアベルに絡みはするものの、適当に相手をしておけば悔しそうに立ち去るのである。
マリアベルは、クラリスに嫌がらせされていることは理解しているものの、彼女はさほどしつこくないと思っていた。
だから、こうして受け流す。そのうち、飽きていなくなるだろうと。
しかし、コレットは違った。
高圧的な態度の伯爵令嬢を前にして、俯いて押し黙る。
特待生で、平民のコレット・コルケットが、怯えている。
その事実を感じ取ったクラリスは、気分をよくした。
普段、マリアベルに相手にされない彼女のうっ憤は、コレットに向けられる。
「あら、これはなにかしら?」
「あっ……! それは……!」
クラリスが、マリアベルとコレットのあいだに置かれていた小袋を手に取る。
紙袋に、可愛らしいシールで封をされたそれには、コレットの手作りクッキーが入っている。
クラリスも、袋の作りなどから、中身はなんとなく察している。
コレットがハッとして顔をあげ、返して欲しそうに手を動かしたものだから、クラリスの気分はさらに上昇する。
手が滑ったふりをして落としてやろうとか、そのあと踏みつけてやろうとか、そんなことを考えていた。
――さて、どうしてやろうか。
にやりと笑うクラリスだったが、ある人物が現れたことにより、動きをとめることになる。
「やあ、ベル。コレット。……それから、クラリス嬢」
「アーロン様」
「あ、アーロン様!?」
にこやかに、アーロンが登場したのだ。たまたま近くを通りました、みたいな顔をして。
マリアベルは、あらこんにちは、といった具合で。
クラリスは、アーロンの想い人――そのデレデレ具合から周知の事実なのである――に嫌がらせをしていた場面を見られたことで、明らかに動揺して。
みなが、突然現れたアーロンに視線を向けた。
アーロンは、すたすたと歩を進め、マリアベルたちとクラリスのあいだに割り込む。
そのついでに、硬直するクラリスからひょいと紙袋も奪い返し、マリアベルの膝におく。
アーロンは、昼休みの始め頃からマリアベルとコレットを見つめていた。
だから、このクッキーが、コレットからマリアベルに贈られたものだと知っているのだ。
「割り込んでごめんね。ベルたちに、なにか用だったかな? クラリス嬢」
彼は微笑んでいるが、目が笑っていない。
クラリスの前に立ちふさがるアーロンは、「これ以上は許さない」と言わんばかりの圧を放っていた。
「ま、魔法特待の方たちと、少しお話したかったのですわ。……ですが、お昼中のようでしたし、日を改めます」
そう言うと、クラリスとその取り巻きたちはささっと立ち去った。
去り際、クラリスはきっとマリアベルを睨みつける。
クラリスは、入学直後から――いや、その前から、マリアベルのことが嫌いだった。
マリアベル・マニフィカは、使用人すら雇えないような貧乏伯爵家の娘のくせに、アーロンに気に入られている。
家の事情で、ほとんど領地から出てこなかったマリアベルであるが、アーロンは違う。
公爵家の嫡男として、子供同士の交流の場にも出ていたし、各家との繋がりも持っていた。
容姿端麗、文武両道。武の名門の出で、武闘派だというのに物腰柔らかく、座学の成績も優秀なアーロンは、学院入学前から女子たちの憧れの的だったのだ。
クラリスも例外でなく、幼いころからアーロンに憧れていた。
アーロンは強く逞しく、それでいて美形で優しい、女の子たちの理想の王子様のような存在なのである。
自身が強すぎるために、「アーロン様に守られたい!」みたいな気持ちのないマリアベルの感覚が、ちょっとぶっ壊れているだけだ。
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