1-7 その寵愛に、周りは気が付いている

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1-7 その寵愛に、周りは気が付いている

 さらに時は流れ、マリアベルの学院入学が近づいていた。  今日は、午後からアーロンがやってくる予定だ。  デビュタントを意識されたパーティーで、彼がマリアベルのエスコートを担当する。  その打ち合わせのために、彼はわざわざマニフィカ領まで足を運んでくれるのだ。   「マリアベル様。そろそろご入学ですね。おめでとうございます」 「ありがとう、サナ」  杖を携えてパトロールを行うマリアベルに、領民の女性が気さくに話しかける。  今日のマリアベルも、アーロンとの約束の時間が近くなるまで、町を見回るつもりだった。  なにがなんでも、領地と領民を守りたいのだ。  サナと呼ばれた女性は、このマニフィカ領で大成功した商人の奥様。  ……とはいえ、羽振りがよかったのは、10年以上前の話なのだが。  マニフィカ領の困窮とともに弱ってしまったが、今でもマリアベルの家よりは余裕があるだろう。  サナ本人も裕福な家庭の出身で、王立学院の卒業生だ。   「マリアベル様も、パーティーには参加されるのですか?」 「ええ。アーロン様がエスコートしてくださる予定よ。うちが貧乏だからか、ドレスも着付けスタッフも事前の手入れの人員も、みーんなアークライト家で用意する、なんて言われてるわ」  マリアベルは、大げさに手を動かしながら苦笑する。  そこまでされないと、貧乏娘の自分はデビュタントの予行演習にすら参加できないのだろう。  名家の嫡男であるアーロンの隣を歩くのだから、なおさらだ。  最初こそ情けないと思ってしまったものだが、時間が経った今では、アーロンへの感謝の気持ちが大きい。 「わあー愛されてますねえ……」 「戦闘特化型同士なだけよ?」  サナの言葉に、マリアベルは首をかしげる。  たしかにいたれりつくせりだが、別にアーロンに愛されているわけじゃない。  アーロンは武の家の嫡男……脳筋仲間だから、貧乏なマリアベルのことを気にかけてくれているだけだ。  付き合いも長いし、優しい彼は、ドレスすら用意できないマリアベルのことを、放っておけないのだろう。 「いやいや、愛ですってこれは」 「婚約者でもないのに、愛って……」  まあ、貴族の婚約と愛がイコールではないことぐらいは、一応知っているのだが。  マリアベルはアーロンの婚約者ではないし、そういった話を持ち込まれたこともない。  これでも伯爵家の娘だ。どれも破談になったが、婚約を見据えて令息に会ったことぐらいはある。  だが、アーロンからそういった話は出ない。  マリアベルのことを、結婚相手としては見ていないのだろう。  そりゃあそうだ。アーロンの家柄、容姿、能力なら、相手など選び放題なのだから。  なにが悲しくて、わざわざ貧乏貴族の娘、それも鮮血女を婚約者に据えるというのか。 「アーロン様は、幼馴染の貧乏娘を気遣ってくれているだけよ」 「マリアベル様。まさか……」  サナが口をおおう。えっ、嘘でしょ、とでも言いたげだ。 「まさか?」  サナの言葉の続きを待つ。まさか、なんだというのだろう。 「アーロン様の寵愛に、本当に気が付いてな……」  寵愛。そんな言葉が含まれたサナの声は、より大きな男の叫び声にかき消された。 「魔物の群れが出たぞー! 早く隠れろー!」  領民の男性が、必死に町を駆け回っている。  早く逃げろ、隠れろと。  それまでのほほんとしていたマリアベルの雰囲気が、すっと変わる。 「おじさま! 場所は!?」 「マリアベル様! 森の南西です! 警備隊の数名がすでに交戦中なので、すぐに見つかるかと!」 「わかった! ありがとう!」  マリアベルは、森に向かって駆けだした。  情報通り、森の南西では警備隊と、狼に似た魔物が交戦中だった。  聞いた話と違うところがあるとすれば、戦闘の規模が大きくなっている点だろうか。  魔物の数は多く、戦闘可能な者のほとんどが駆り出されているようで、乱戦状態。  この状況でマリアベルが雑に魔法を使えば、味方まで巻き込んでしまう。  だが、魔法を放つために兵を後退させれば、その隙に魔物を町へ向かわせてしまう可能性がある。 「なら……!」  短く歌いながら、杖で空中に陣を描く。  陣の前に現れた炎は、発射されることなく、マリアベルの杖に吸収された。  刃に似た形をとった炎が、杖を覆う。  広範囲魔法や、遠距離魔法が使えない場合に使用する、近接戦闘用の術だった。  自在に形を変える炎の剣を持ち、マリアベルは戦場に飛び込んだ。 ***  魔物の大軍を狩り終え、兵たちとねぎらいの言葉をかけ合いながら後始末をし……。  そんなことをしていたら、アーロンとの約束の時間を過ぎていた。  先に抜けさせてもらったマリアベルは、急いでマニフィカ邸へと向かう。 「アーロン様! お待たせしてしまって、申し訳ありません!」  ばんっと勢いよく、サロンの扉を開け放つ。  はしたないかもしれないが、お行儀よく! という意識よりも、早くアーロンの元へ向かわねば、という気持ちが勝った。  今ではほとんど使われていない場所だが、一応は客人用の部屋。  アーロンがやってきたときは、サロンで話すことが多いため、執事に聞かずとも、彼の居場所はわかった。  マリアベルの予想通り、そこにはアーロンの姿が。 「ベル!」  マリアベルが来たことを理解し、ぱあっと瞳を輝かせた彼だったが……彼女の姿を見て、びしっと固まる。  それもそうだろう。  アーロンからすれば、遅いな、どうしたのかな、心配だな、と思いながら待っていた想い人が、血まみれの状態で現れたのだから。  マリアベルに怪我はなく、全て返り血であることを知ると、彼はほっとした様子で着替えを促した。  さらに待たされることになるが、領地を守るために戦う彼女のことが好きなアーロンが、不満を感じることはなかった。
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