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 父はわたしの文句を否定も肯定もしないで、曖昧な生返事をするだけ。  そんな父への苛立ちもあってか、わたしはついに爆発した。  随分と気の強い娘だと、きっとあのひとは呆れたんだろうなぁ。 「ちょっとあなた達! 今日こそはお代をいただきますからね!」  また怪しげな刀傷を拵えてやって来た長州訛りの男の腕に包帯を巻き鋏でチョンと切って、門を潜ろうというところで声を掛けた。  後から、払う気があったのだとか言い逃れできないように、帰ろうという直前で決行するくらいの冷静さがどこかにあった。  父は勿論、男達もまさか今更というのと、娘が言ったのとで驚いたのか四人ともポカンと口を開けてこちらを振り返った。  その後は当然、激昂した男に騒がれたり、父が必死に宥めたりしたのだろうけど、正直あまり覚えていない。  あなたとの出逢いが鮮烈過ぎて、前後の記憶が曖昧なくらいなんです。 「こんなところで見せびらかして。恥ずかしくないんですかぁ?」  生まれて初めて見る濡れるように光る刀身に、さすがに委縮し事の重大さを漸く意識したところで、緊迫した場には凡そ相応しくない明るい、爽やかとしか表現できない声が響いた。  黒紋付に二本差し、総髪を結い上げているそのひとは、明らかに武士だ。  両腕はダラリと下げたままで、体勢はいつの間にか周りに出来ていた人だかりの野次馬とむしろ似ている。  三人の男のうちの二人は、何を言っているのかよくわからない言葉で火が点いたように煩く騒ぎ立てたけれど、ひとりの男はわなわなと震えて後退りしたかったみたいだけど小さく躓いた。  次の瞬間、躓いた男にぐっと距離を詰める。柄に手すら添えていない。 「私と対峙して、恥ずかしくない腕なんですか、と訊いてます」  当人も他の二人も、父もわたしも野次馬もあっと息を飲んだ後に、聞き取れない小声で何か囁くと、三人の男達は一目散に、脚を縺れさせながら逃げて行ってしまった。 「あっ、お代……」 という言葉が出かかって飲み込んだ。  観衆の賛辞を背に、あのひとまでがさっさと行ってしまおうとするから。 「お礼を、」 「いえ。きっとお代も払わせますよ」  声を掛けたわたしに、というより、父に向って言ったんだ。
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