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 確かに結ばれていると思ったのは、わたしのほうだけだったみたいですね。  あなたは生涯憧れてやまない、わたしにとって最初で最期のひと。  好きで好きで、自分の命とか、そんなものより余程大事な、運命のひと。  でも運命の糸は、とうに他のひとと結ばれていた。  だけどわたしとあのひとに確かに縁があったということは、いずれ誰かが知ること。  それだけでいい。うらやましいでしょう?  わたしは生きたあのひとに出逢って、言葉を交わして恋をして、想いを告げることが出来たのだから。  まして百数十年後まで遺っているならばそれは運命としか言い様がないわ。  今でもなお、あなたはわたしの、たったひとりの。 「もしも、もう一度会えたら。その時はお伝えしますね」  そう言って別れた初対面のあの日。  わたしは初めて、一目見た瞬間に恋に落ちていた。  はしたないとか何とか、言われても気にしない。  黒紋付の凛々しさ、鮮やかな体捌き、とは裏腹の物腰の柔らかさと、少し困ったような照れたような、わたしみたいな町民にも気安く笑いかけてくれる仕草。  陽に透ける髪、陽に焼けた肌と、涼やかな声。  いつでもさっきの出来事のように思い起す面影。  もう夢の中にいるみたいに焦がれていたのに、これからもっと惹かれていくなんて、思いもしなかった。  恋は盲目とはよく言ったものですね。  わたしにはもう、あなたしか見えていなかったのですから。    最近は京の方で、攘夷を叫ぶ浪士達が活動資金だなんだと言って、いろんな場所で金品を巻き上げたり無銭飲食をしたり、抵抗すると刀を見せて威したりと、乱暴狼藉の限りを尽くしているらしい。  噂で聞いたに過ぎなかったけどその余波はここ大坂まで及び、わたしも他人事とは言っていられなくなってきた。  わたし達家族は江戸の出で、父は恩師の後を継ぐ為に大坂で医者となった。  開業したばかりで余裕があるわけでもないのに、しばしば浪士達が訪れては、物騒な刀傷を治療させてその費用を払わない、ということがあった。 「お父様、もう我慢できないわ。治してやることなんてないわよ」
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