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降りしきる雨
雨が、やまない。
むしろさっきより豪雨に近づいている。
「せっかくの卒業式なのにね。残念だね」
ユウカが苦笑しながら傘を差しだした。
「せっかくの」なんて言葉、ユウカはどこで覚えたのだろう。
ユウカが私を傘の中に入れながら言った。
「卒業式って言っても関係ないか。私たちこれから10年いっしょだし」
私は返事をしない。
その気持ちをユウカはすぐにインプットして、ふたりで黙って歩いた。
帰宅すると仕事で卒業式に行けなかった母が出迎えてくれた。
「ああ良かった、車で迎えに行こうと思っていたのよ。さすがユウカね」
母はユウカが大好きだ。
「リビングにクッキーがあるよ」
私にそう言ってから、母はユウカに「そろそろ充電したら?」とささやいた。
リビングのテーブルに皿に載せたクッキーがある。
私はそれを手でつかみ、口に入れた。
ユウカは壁につながるコードをひっぱり、背中に充電器を差し込んだ。
うちには貯金がない。
父ももういない。
母は非正規で三つの仕事を掛け持ちしている。
私は正面にすわった母を見つめた。
「ごめんなさい、私が中学で友だちを作っていたら……」
思わず涙が出た。
母もユウカも、微笑した。
「あんたのクラスメイトが悪いからよ」
半年前は、私を無視する女子生徒たちがいた。
母はそれを知って新商品の”親友Ⅴ”のユウカを買った。
「”親友Ⅳ”はもっと安かったよね。ユウカは最新商品で言葉を覚えるのも早いけど、めちゃくちゃ高かった。最新にこだわらなければいいでしょ」
「何を言うの。ユウカは10年はもつのよ。壊れるころはあんたは25歳、安心でしょ」
感情のない、ユウカ。
私の親友、ユウカ。
”親友Ⅰ”が発売されたころ、私は小学生だった。
ニュースを見ながら「親友のロボットなんて気持ち悪いね」と両親は笑っていた。
ユウカ購入後、女子生徒は私たちに近寄らなくなった。
いじめの首謀者が、ユウカに殴られて全治3カ月の大ケガをしたからだ。
彼女は訴えることもできたが、今まで私をずっと無視していたし、訴えるとユウカが誰にもばれないように彼女をーーーーー。
ぶるっと寒気がした。
雨はまだ降っている。
担任教師が、廊下で「うちのクラスの生徒が”親友”を買ったなんてびっくりですよ」とほかの教師と話しているのを耳にした。
その瞬間、私はユウカを見た。
彼女の目はきらっと光って、今にも担任に飛びかかりそうだった。
私はあわててユウカを止めた。
いじめを知っていながらも何もしなかった担任を恨んではいるが、大ケガをさせたらユウカだけではなく私も学校中で怖がられる。
そのころから、私はユウカと離れたいと願うようになった。
でも25歳までは無理だ。
”親友”は一度買えば返品不可だから。
高校、行けたとしたら大学、社会人になってもユウカはいっしょだ。
人間の友だちや彼氏を作るチャンスを失った私を案じて父は母を責めた。
しかし母は「娘がいじめられるよりましでしょ」とそっけなかった。
母と私が”人間Ⅴ”を家電量販店に買いに行った日、家に帰ると父はいなかった。
「養育費は口座に振り込むから。家は使っていい。離婚のことはあらためて話そう」
父の字は、こんなときでも丁寧だった。
そのメモだけがテーブルに残っていたのを、今でもはっきりと覚えている。
父は、私を連れて行ってはくれなかった。
母は気にしていないふりをして、私に”親友Ⅴ”の名前は何が良いか聞いた。
私は幼稚園のころから小学2年生まで仲が良かった優佳ちゃんを思い出して、「ユウカ」を提案した。
優佳ちゃんは引っ越したから、もう二度と会えない人間の親友だ。
優佳ちゃん以来の友達ができた。
何があってもユウカは私を助けてくれるだろう。
クラスメイトがユウカに殴られる時も、私は心地よさを感じていた。
それなのに今は。
「どうしたの?」
母に聞かれて、はっとした。
ユウカの充電が終わりにこにこして私の隣に来る。
ユウカと私は、お風呂も練る時もいっしょだ。
言えない。
今の私が父と同じ気持ちでいるなんて。
もし私が家出しても彼女は察知して、すぐにつかまえに来るだろう。
「これからもよろしく」
ユウカと私の言葉が重なる。
窓の外で雨の音は、ますます激しさを増した。
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