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彼とは喫茶店の外ですぐに別れ、私は一人で駅まで歩くことにした。彼は魅力的な男だったが、ロボットではやはり、これ以上関係を深めていくわけにもいかないと私は思った。
今日は土曜日だからか、人がたくさん歩いていた。たくさんとは言っても、ウイルスが流行り出す前と比べれば、これでも随分と少なくなっている。
私はふと、今自分の視界の中にいる人たちの中にロボットではない人間がどれくらいいるのだろうか、と考える。そして、自分がここ最近で接してきた人たちの中にもロボットは大勢いるはずで、もしかしたらもうロボットよりも人間の方が少ない世の中になっているのかもしれない。
私はどうしても、人間なんだと確信できる相手を見つけたくなった。そう思うと自分で自分を制御できなくなり、たまたますれ違う中年の男を思い切りぶん殴ってしまった。ガコッという音が聞こえた。
「いきなり、なにするんだ」
と、その中年の姿をしたロボットは驚きながら私を見る。
手を繋いで歩いているカップルのうちの、男の方を殴る。バキッという音が鳴る。次に女の方を殴る。ボキッという音が鳴る。二人は驚いて走って逃げていった。
五歳くらいの男を殴る。ベコッという音が鳴る。
「痛い、なにするんだよう」
と、本当は痛みなんか感じないくせに、涙を浮かべたような目で私を見る。
犬の散歩をしている老人を殴る。ガキッという音が鳴る。ついでに犬を殴る。ガコッという音が鳴る。
私はそれから目につく人を全てぶん殴ってみたのだが、どれも人間の音はしなかった。野良猫ですら、機械の音がした。
私は、どうにか生きている人間に会わせてくれ、と神にも祈る思いだったのだが、一向に人間を殴った時に聞こえる音はならない。拳からは、血が出ていた。血が出ているし、痛みも感じるので、自分は確かに人間なんだ、と私はその時に実感した。自分が人間なんだとわかったことで、余計に他の人間が恋しくなってしまった。
百人ほどを殴り終えても人間には出会えず、私の中である恐ろしい考えが浮かび、ゾッと血の気が引いていった。もしや人工知能を搭載した人型ロボットを世に放ったのは、寂しさを埋めるためなんかじゃなく、やはり社会や文化を維持するためだったのかもしれない。人類がいなくなっても、せめて人類が苦労して作りあげた社会や文化といったものは残そうと、後をロボットに託したのではないだろうか。
もしかしたら私は、あの凶悪なウイルスの免疫を持つただ一人の人類の生き残りなのかもしれない。
路地裏で泣いていると、不意に肩を叩かれた。振り返ってみると、彼が立っていた。例のあの完璧な微笑を浮かべながら、
「大丈夫かい?」
と優しく声をかけてくる。
「いろいろ考えたんだけど、もう僕らがロボットか人間かなんてことはどうでもいいんじゃないかな。大事なのは、二人の心だと思うんだよ」
そんなことを言われたが、私の人間に会いたいという強い思いは揺るがなかった。
さっきのは間違いだったかもしれない、と淡い期待を抱きながら、また思い切り彼の顔面をぶん殴ってみた。やはりガコッという機械を殴る音が聞こえ、彼の首が胴体から離れて飛んでいった。
私は驚いてギャーッと叫び、自分はやっぱりこの世界でただ一人取り残された孤独な人間なんだ、と思った。
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