微笑と拳骨

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 人工知能を搭載した人型のロボットが人間社会に溶け込むようになったのは、もう十年ほど前である。その頃、凶悪なウイルスの流行によって世界の人口がおよそ十分の一にまで激減していた。このままでは人間が培ってきた社会や文化といったものを維持することが難しくなるに違いない、こうなればロボットに頼るしか方法はない、という考えのもと、既に完成していたが実用にまでは至っていなかった人工知能を搭載した人型のロボットを、人間社会の中へ投入することが決まったのだ。  これを決めた理由は、人間の社会や文化を維持していくためではなく、単純に人が減った寂しさを埋めるためではないだろうか、と私は個人的には思っている。  人間よりも思考力が高く、完璧に仕事をこなすロボットたちはすぐに社会に順応した。また、人工知能は日々進化していく。個々のロボットは仕事の効率よりも、人間らしくなることを追求していき、その結果、今ではもう街を歩いていても、誰がロボットで誰が人間だか見分けがつかないくらいに馴染んでいる。人通りが前よりも増えていると感じるのは、ロボットが紛れ込んでいるからなのだ。年齢、性別をばらけさせて、さまざまなロボットを紛れ込ませていると聞く。  今ではナンパをする男のロボットなんていうのも、たぶんいるのだろう。目の前の男がロボットなのかどうか、私は確かめたくて仕方なかった。 「ねえ、あなたってロボットじゃないよね?」  店に入って三十分くらい経った。どんな仕事をしているか、趣味はなにか、といったお互いの自己紹介のようなものを終えたあと、私は冗談っぽくそう聞いてみた。  彼は例の微笑を浮かべ、 「ロボットじゃないよ」  と言った。 「そうだよね」  私の疑いは晴れなかった。ロボットにロボットじゃないか、と聞いても、彼らが絶対にそれを否定するということを知っているからだ。もはや自分のことを人間だと思い込んでいるというふしもある。私があえて聞いてみたのは、少しでも動揺を見せないかと思ったからだ。ただ、彼の微笑は崩れなかった。  遠くのテーブルの客が、さっき私たちのテーブルのそばで水をこぼした店員に怒鳴っている。どうも、自分のした注文が通っていなかったらしい。三十分も待ってるんだぞ、というでかい声が聞こえてきた。  あの怒鳴っている客と怒られているドジな店員は、ロボットではないように思えるが、よくよく考えてみると、今の時代ならばわからない。ああやって人間らしさを演出し、より人間臭くなっているロボットもいるかもしれない。
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