微笑と拳骨

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 ロボットか人間かを判別するシンプルな方法が一つだけあった。やり方は簡単だが、実際に行動に移すには勇気がいる。それは、相手を思い切りぶん殴ることだった。  ロボットを殴るのと、生身の人間を殴るのとでは、感触が全然違うらしい。単純に、ロボットは内部が硬いのだ。少し表面を触れただけではわからないのだが、思い切り殴りつければ、バコッ、とか、ガキッ、という機械を叩くような鳴るという。  ただこれを実際に試してみてもしも相手が人間だった場合、謝るくらいでは済まないだろう。なので私自身、この方法を試したことはなかった。ただ、今は相手がロボットかどうかを確かめたくて仕方がない。  この方法が困難な理由は、相手がロボットだった場合でも、人間だった場合でも、どちらにしろその人との縁が切れてしまう可能性が高いことだ。実際に試すとしても、しっかり相手に説明したうえで、かなり慎重に行わなければならない。  店内に、客は少なかった。さっき怒鳴っていた四十歳くらいの男と、本を読んでいる二十歳くらいの男と、私たちだけである。  ロボットによって人口が増えていると見せかけてはいるが、それでも人口爆発と言われていた時代よりは、ロボットを人数として数えても遥かに減っているのだ。 「ねえ、怒らないで聞いてほしいんだけどね」 「なんだい?」 「あなたのことを、一度だけぶん殴らせてほしいの」  男は美しい微笑をキープしたままで、少しの間黙った。やがて、落ち着いた様子で口を開いた。 「なぜ? 疑ってるってこと?」 「疑ってるってわけじゃないんだけど、ただ、念のためって言うか」 「念のために、人をぶん殴るの?」  表情からは読み取れないが、彼の口調は少し怒っているように思えた。やはり言葉は、慎重に選ぶ必要があるようだ。 「私の家族も、友達も、みんなウイルスで死んじゃって、今は心から頼れる人がいないの。傷を負っちゃったせいで、人を疑うようになっているのかもしれない。だから、あなたを心から信頼するために、一度だけでいいから、ぶん殴らせて欲しい。ダメかな?」  私がそう言うと、男は優しかった。 「わかった。いいよ」
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